それから、ぼくたちの間には、距離が生まれたようだった、あるいはこう言ってもいい、接近して交わるかと思われたそれぞれの道がまた離れていくかのような。
塾で顔を合わせると、笑顔で「こんにちは」とか「元気」とかいう言葉を交わしたが、それ以上の会話をすることはなかった。
友達なんだからそれ以上の会話をしてもよかったはずだ。
よく思い出してみると、はまっち(ぼくは相変わらず、心の中でははまっちと呼んでいた)がぼくに話しかけたいようなそんな瞬間があった。
けれど、ぼくはこだわっていたのかもしれない。
何にどうこだわっていたのかはわからないが、ぼくはその瞬間をするりと手から逃した、手に止まった小鳥をそのまま飛び立たせるようなそんな真似を繰り返した。
はまっちははまっちで、浜崎さんという友達は、ぼくには全くの別人のように感じられたのかもしれない。
結局、ぼくは、塾でまた、はまっちの隣ではなく、左後ろの席で佐伯さんと一緒に座るようになった。
佐伯さんは、ぼくたちが別れたことを知っているのかどうか知らない。けれど、ぼくたちの距離感の変化でそれとなく察しているようだ。
『紗奈と呼んで』などと、ぼくに無茶なことを言ってくることはなくなった。
そうなれば、ずるいかもしれないが、佐伯さんはぼくにとって本当にありがたい友達だった、ぼくのような友達がいない者にとっては。
佐伯さんは、もう、ギャルのような格好も化粧もあれ以来、しなくなった。
喋り方もごく普通で、ある意味、佐伯さんもぼくには別人のように思える。
文芸部でも、前は佐伯さんは他の女子ふたりと話すことはなかったが、今では普通に会話をしている。
帰りは相変わらず、ぼくと一緒に帰っているが、なんだか心地よい距離感だった。
「春休みが終わったら、もう中3になるんだね、上地君」
「そうだなあ」
「上地君は、受ける学校決めてるの?」
「ぼくは、できれば、神楽坂さんの行っているところを考えてるよ」
別に神楽坂さんがいるからというのではなく、あの自由な校風には憧れる。
「私は、都立〇〇かなあ」
前の佐伯さんなら、一も二もなく、ぼくと同じところに行くと言うところなのだが。
「そうか、最近、勉強がんばっているよね、佐伯さん」
佐伯さんは塾でも熱心に授業を聞いている、学校でも悪い噂は聞かれなくなっていた。
「なんだか勉強がおもしろくなって。神楽坂さんの影響もあるかもしれない」
この頃、ぼく抜きでも、佐伯さんが神楽坂さんと会うようになっていることは知っていた。
「そうか、みんな大人になっていくんだね」
「みんな?」
「そう、みんな」
「上地君もね」
そう言われて、ぼくは足元の石を思い切り足で蹴った。