B1
神秘体験の後も、教会に行こうとは思わなかった。ヴェイユの影響を受けていたので、組織というものは「大怪獣」であり、人を歪めるものだと考えていたし、また内村鑑三の無教会主義にも惹かれていた。
けれど、大学浪人していた間、高校の聖書研究会には顔を出していた。そこには、化学教師である顧問のK先生、大学生になったM山さん、図書委員会の後輩のM田村さんなどが出ていた。
ある日、化学室で聖書研究会の終わった後、後輩のM田村さんと一緒に帰ることになった。
駅へと続く一本道、右手にはどこまでも畑が続いている。会話する種も尽きてしまって、ほとんど沈黙していた。
『ちょっと、用事があるから寄り道していい?」とM田村さんはポツリと言った。
「いいよ」何の気なしに答えた。
そこで、左手にある小道を曲がって、ごちゃごちゃとしている住宅街に入った。そうして、5、6分歩くと、灰色の壁の二階屋が見えてきた。その前には道を挟んで小さな雑貨屋がある。
『H村山キリスト教会』と大きな木の札がかかっていた。その木の札でようやくここは教会なのだと認識した。
「ちょっと、待ってて」
彼女はスチールの引き戸を引いて中に入って行った。
私はただ、軽自動車が留まっている外に、何と言うこともなく、立ち尽くしていた。
急に、小学生の集団が小道をガヤガヤと走ってきて、
「カモネギ!」と大声で叫んだ。
すると、急に二階のアルミサッシの窓がガラッと開いて、坊主頭の小学生が叫び返した。
「バカヤロウ!」
そうして、小道にたむろっている5、6人の小学生と口喧嘩を始めた。
呆気にとられていると、正面玄関の引き戸が開いて、M田村さんが首をかしげながら、言った。
「Y先生が会いたいって」
これが私が生まれて初めて教会の門をくぐった経験だった。
その時、Y先生と何を話したかはいっこうに覚えていない。
ただ、次の日曜日から、私は教会の礼拝に行くようになった。
教会というものは、天使のような人たちかよほどの変人がいるかと思って楽しみにしていたが、そんなことはなく、ごく普通の人たちの集まりだった。
それでガッカリもしたが、なぜか、そのまま行き続けた。他に、自分を歓迎してくれる場所がこの世にないのだと信じていたからかも知れない。