無意識さんとともに

https://stand.fm/channels/62a48c250984f586c2626e10

催眠!青春!オルタナティヴストーリー 61〜U1入学式後のホームルーム

U1

「みなさん、こんにちは。担任の大橋直樹です」

ぼくはこの声ではっとした。ぼくは、今、入学式後、中1の教室にいて、最初のホームルームを待っていたのだった。

偶然なのか、ぼくはまた、左側の窓際、一番後ろの席だった。そして、外には満開の桜が咲いている。白いカーテンがぱたぱたと春風にあおられている。けれど、前にはまっちの姿はない。

それだけでなく、クラスに誰も見知っている生徒の姿はない。引っ越したのだから当然といえば当然だった。

担任は40代ぐらいの黒縁のメガネをかけた男の先生だ。時折、眉根による皺が神経質そうだったが、嫌な感じはしない。国語の先生だそうだ。

クラスを見回すと、みんな子どもに見える。ぼくも同じ子どもなのだろうが、不思議だ。登校した時に会った中学2年生、中学3年生がやたら大人に見えたためだろうか?男子は声が低く、うっすら髭も生えている者もいたし、女子は大人の女性のように見える者もいた。

ぼくは、下駄箱で、いきなり、そんな上級生の男子に声をかけられてぎくりとした。見上げると、その男子は180センチぐらいあった。

「君、中1にしては背が高いね。バレーボールやらない?」

目の前にしている人の姿が何だかまぶしくて、ぼくはなかなか言葉が出てこなかったが、ようやくのこと、言葉を絞り出した。

「ぼく、運動が大の苦手で」

「そうなんだ、でも気が変わったら教えてよ」

それだけ言って、ぼくの方にビラを渡して去った。チラッと見ると、男子バレーボール部の勧誘のビラだった。『来たれ、高身長男子。一緒に全国を目指そう』などと書いてある。

ぼくってそんなに背が高かったっけ?
よくよく考えてみると、ここのところ、急に伸びたのかもしれない。

バレーボール部に誘われたんだと言ったら、はまっちはどんな顔をするんだろう?

「教科書を配ります」

大橋先生は手際よく教科書を配る。ぼくは、真新しいインクの匂いがする教科書を黒の革鞄の中にしまい込む。すでに鞄はぱんぱんに膨れ上がっている。

「さてと自己紹介をしてもらいましょうか?」

こともなげに、大橋先生が言う。

クラスはいくつかの同じ小学校から来ているものがほとんどで、自己紹介と言ってもそれほど緊張しているものはいないようだ。

それだからこそ、ぼくは自分が例外者のように感じられて、いやがうえでも緊張が高まってしまう。

「上地智彦です。本を読むのが好きです。えーと、小説を書きたいと思っています」

小説を書きたいと言ったところで、ちょっとざわざわする。しまった、変人と思われたのだろうか?

けれど、すかさず、大橋先生が腹に響くような声で言う。

「そうか、小説いいね。私は文芸部の担任をしているから、よかったら文芸部の部室を覗いてみてくれたまえ」

『くれたまえ』というその言い方が、妙に耳に残って離れなかった。