ぼくはずんずんと歩いていく。それでも、佐伯さんは後からついてくる。どこまでついてくる気だと思ってしまう、家が知られたら嫌なので、あえて巻くように中学校の隣にある団地の中をジグザグに進む。
「待ってくださいよ〜」
その声も煩わしく、ぼくは後ろを振り返らずにすごい速度で歩き去る。
後ろに気配を感じなくなったので、振り返ると、遠くで佐伯さんは両膝に両手をついてうなだれていた。
その姿を見た瞬間、何だかずっと感じていた怒りがさっと消えてしまって、ぼくは彼女のところまで歩み寄る。
「戻って来てくれたんですね〜。そのまま置いていかれると思っちゃいました」
両手で泣くふりをして言う。言動のひとつひとつがあざとい。
「ずっとついてくるけど、何の用?」
今日は神楽坂さんに会う日ではなかったが、ぼくだって忙しい。わざといらいらしげな気持ちを込めて言ってみた。
「部長にご相談があるんです」
「どんなこと?」
「立ち話も何ですから、あそこの公園のベンチに座りませんか?」
神楽坂さんと話したことのある公園のベンチを白い指で指した。
「わかった」
このまま、どこまでもついてきても困るのでそう言わざるを得ない。
ぼくが距離をあけて右側に座ると、すっと距離をつめてくる。
何だか近い。
「前に神楽坂さんとこのベンチに座ってましたよね」
こいつはストーカーなんじゃないかと思ったりするが、まあ、考えすぎ。偶然、見かけただけだろう。
「それはいいから。相談って何?」
「わかりました。部長って不良って言われていますよね?」
ちょっとムッとして、思わず顔に表れているんじゃないかと思ってしまう。
「噂だよ」
「わかってますよ、根も葉もない噂だって。紗奈も同じような噂たてられているんです」
それは何となくわかる、人は見た目で判断するものだ、子どもでも大人でも。
「不良っていう噂?」
「いいえ、そうじゃなくて…」
声が小さくなって、しりすぼみになる。
「ビッチという噂です」
今になって、佐伯さんのスカートが短いことに気づいた。そりゃそうだろうねと思ってしまった。だけど、それは言えないから黙っていた。
「それで、ハブられていていつもひとりぼっちで…部長のお友達にしてくれませんか?」
「なんでぼく?」
「それは、部長も不良と言われていてひとりぼっちだから、気持ちがわかるんじゃないかと」
ちょっとむかっときたが、まあそのとおりだから返す言葉もない。
「それで、友達になりたいと…」
ぼくは想像してみた、今でさえ、不良と言われていて、不純異性交遊をしていると言われていている。それが、佐伯さんと友達になって一緒にいるところを見られたら、もっとひどい言われようになるんじゃないだろうか。
「だめでしょうか?」
急に、佐伯さんの言葉からあざとさが消えて、何だか真剣なものに聞こえた。何だか、そこにいるのは雨に濡れて震えている子犬のような気がした。
「わかった、いいよ」
ぼくはとんでもない決断をしてしまったのかもしれない。