女性が先立って入り、パチンとライトをつけた。
明かりがつくと、昼間なのにカーテンは完全に閉められており、6畳ぐらいの洋室のフローリングの中央に、直接、布団が敷かれていて、たっちゃんはパジャマ姿で向こうを見ながら座っていた。
あたりには、『敵の要塞を破壊せよ』とか『霊の戦いに勝利せよ』とかいう奇妙なタイトルの本が転がっていた。
そして、何よりも目立って見えたのは、枕元に、三方金縁の聖書が置いてあったのだが、二つに裂けて、ページはビリビリに破られていた。
「この頃、ずっとこうなんです。話しかけても、首を縦に振るか、横に振るかだけで、まともに話してくれません。牧師先生や教会の人も訪ねてくれるんですが、誰にも会おうとはしないんです」
「そうなんですか」
「ほら、達也。お友達が来てくださったからお話ししたら」
たっちゃんの両親はたっちゃんとは別の教会に行っていたから、僕のことはよく知らないらしい。
たっちゃんはそう言われてもしばらくは固まったままだったが、ついに何か決意したらしくゆっくりおずおずと体の向きを変えて、僕の方を見た。
僕の知っているたっちゃんとは別人だった。
それは、単に、神の霊が宿ったあの権威あるたっちゃんとは別人というばかりではなく、僕が小さな頃から日曜学校で知っているたっちゃんとも完全に別人のようだった。
「たっちゃん」
僕は呼びかけた。
すると、たっちゃんは、蛍光灯の灯りの下で青白いというか薄緑にさえ見える顔を歪ませて、にっと笑った。
僕の恐怖の対象であり、憧れの対象でもあったたっちゃんがこんな姿になっていることに、僕は何だかほっとしており、同時に、落胆もしていた。
その時、僕の心臓から何だか熱いものがほとばしる気がした。
それは、みるみるうちに、全身に広がり、さらに喉を通り、顔にまで昇ってきた。
僕は、燃えるような神の愛であり、憐みに自分が燃やされているように感じた。
そして、たっちゃんのところに駆け寄り、たっちゃんを力いっぱい抱きしめた。
『もはや、僕には怒りも憎しみも嫉妬もない』
僕は自分で自分に感動していたのだ。
たっちゃんは驚いて僕の顔を見つめた。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね…」
「いいんだ、いいんだ、たっちゃん」
僕は、さらに力を込めてたっちゃんを抱きしめた。
そして、自分の中から熱い火の塊が言葉となって噴き上がってきたようだった。
「全能の愛である神様、僕たちのような罪人にすぎないものをあなたの命を注いで愛してくださり感謝します。
あなたの愛は、全能であって、罪人を義人に作り変えるほどに力を持ったものです。
今、あなたの愛をたっちゃんと私に注いでください。
まことの親である神よ、ここにいるあなたの子どもにあなたの真実の愛を注ぎ、あなたの親密な愛の中に目覚めさせてください。
私たちを恐れさせる神と名乗る偽りの霊よ、イエスの御名によって言う。
たっちゃんから出ていけ!」
たっちゃんは号泣し始めた。
そしてしばらく泣いた後に顔を上げると、みるみるうちに、顔に血の気が戻ってきて、目が輝き出した。
そこには、僕が昔から知っているたっちゃんがいた。
『僕は勝利した、いや、神が勝利したのだ』
僕は何だか笑いたくなった。