ぼくは、はまっちにどこの高校に行くのかさえ聞けなかった。何だか、聞いてしまったらもうこのまま二度と会えなそうなことが確定事項になってしまうようで怖かった。
そして、そんなことも聞けないうちに、卒業シーズンを迎えていた。
無限塾もいったん、ここで一区切り。塾の高校部もあるにはあったが、高校部に行く人はわずかだった。僕自身は、特待生だったが、高校部には特待生という制度はない。
学校の卒業式も終えた後、無限塾でお祝い兼お別れパーティーがあった。
机がコの字型に並べられ、それぞれの机の上には、ケーキやお菓子と飲み物が配られた。
塾長の植木さん、各教科を教えてきた先生方、そして生徒たち、経営者の藤堂先生も出席している。
ぼくの隣には、佐伯さんがいて、ちょっと離れたところに、藤堂さん、はまっち、福井君と並んでいる。
植木さんが立ち上がって話し出す。
「皆さん、高校合格おめでとうございます」
そして、植木さんはジュースの入った紙コップを手に取る。
「それでは、皆さん、いいですか」
僕たちも紙コップを手に取る。
「皆さんを導いてくれた、無意識さんにかんぱ〜い」
ああ、ここは変な塾で評判の無限塾だったとあらためて気がつく。でも、植木さんの変な語調に誘われて、皆、笑い出す。
「皆さん、第一志望に受かった人、受からなかった人、それぞれです。でも、行った高校で、皆さんを待っている未来があります。無意識さんと共に、皆さんの手で、皆さんだけの未来を創り出してください。私は、無限塾の教室から、皆さんを見守っています」
これもリフレーミングというものなのだろうか?わからない。
何だかそんなような、違うような。
みんなはパチパチと拍手した、僕もみんなに合わせて拍手した。
気がつくと、隣の佐伯さんも拍手している。
人に合わせるなんて決してしなかったのに、変われば変わったものだなあ…
反対側を見やると、藤堂さんと福井君のふたりに囲まれて、はまっちが明るい顔で拍手している。
ぼくの視線とはまっちの視線が交差する。
はまっちが微笑み、ぼくも微笑む。
ほんの1、2秒かもしれない、そこにぼくはトンネルを抜けた先の未来が見えたような気がした。
『これで十分だ』、何だかぼくはそんなふうに思ってしまった。パーティーが終わった後、はまっちに話しかけたいと思っていたのに、そんな気持ちが蒸発してしまっていた。
そうだ、これでいいんだ。
ぼくは心の奥底で、何かを決意したようだった。ただ、それが何なのか、自分でも言葉にできない。
パーティーが終わると、ぼくはつかつかと藤堂先生のところに行った。
「藤堂先生、ぼくに催眠を教えていただけませんか?」