Kさんは、コンビニで化粧落としやらコンタクトレンズの洗浄液などを買っている。
さすがに、僕も落ち着かない。
家には携帯で電話した。
「ちょっと、今日は帰れないから」
「どういうこと?」
妹はすごい勢いで聞いてくる。
僕は説明しようがなかったから、急いで電話を切った。
「お待たせ」
先ほどのKさんとは違って、僕の知っているKさんの声だ。
「わがまま言ってごめんね」
わずかに残っていた怒気が心からスッと引いていく。
「いえ、大丈夫です」
ふたりでホテルへの道を歩く。こんなところを教会の人に見られたら何と言い訳したらいいんだろうか、そんなことが僕の頭をよぎった。でも、僕は覚悟を見せなければならない。
静かに、Kさんは僕の手を握ってくる。
それが何だか心地よかった。僕も自分のできる精一杯で握り返した。
ホテルのフロントで、僕は顔から火が出るような思いで、声が震えた。
予約もしていないのだから、案の定、一番いい部屋しか空いてなかった。
エレベーターで最上階に昇る。
Kさんの顔を見たが、表情は読み取れない。
部屋に入ると、豪華な造りの部屋だった。ただ、僕はあまりに緊張していて、よくは覚えていない。
「私は先にシャワーを浴びてくるからね」
「はい」
僕は、どうしてこんなところにいるんだろうと思いながら、2つあるベッドのうちのひとつに横になった。先ほどまでポケットの中でマナーモードにした携帯が鳴りっぽなしだったが、今は電源を切ったのでそれも聞こえない。
僕は、自分の緊張を解くために、イエスの祈りをし始めた。
「主イエス・キリスト、神の子、罪人なる我を憐れみたまえ」
ただ、ひたすら、この祈りをしていると、不思議なことに僕の体は緊張が解けて麻痺しているような状態になっていく。
シャワーから出たKさんは、バスローブを纏っているようだ。その音がかすかに耳に聞こえる。
そうして、僕の方に近づいてくる。
ところが、そのまま、何も言わずに、ベッドの上の僕の上に飛び乗って僕の上に押し被さる。
僕にキスを浴びせてくる、先ほどのキスとは違う種類のキスを。
僕は目を閉じていることもできなくなって、目を開けると、Kさんは裸の上にバスローブを一枚しか纏っていない、それさえもはだけている。
僕の上にまたがって、ギラギラした目で僕を見つめている。
「お願いだから、させて、そうすれば…」
「できません」
「Hさんを知っているでしょ、あの人もさせてくれたのよ」
Hさんとは、聖霊刷新グループの中で尊敬されている人だった。何でも1日に12時間以上も祈るという人で、神父でもない信徒だが、聖なる人としてみんなの尊敬を集めていた。
それが本当なのか嘘なのかはわからない。
僕は、また、瞬間的に違うことも思い出していた。
カトリックの聖霊刷新グループは、プロテスタントのカリスマ的な聖会にも顔を出す。トロントの指導者がやってきた時には、一番前の席を彼らが陣取っていた。
「イエスの時代、みながイエスに触れれば癒されると、群衆はイエスに押し迫っていたとあります。皆さんも、そういう信仰を持って神様を求めましょう」
彼がそう言った途端、カトリックの聖霊刷新グループの人たちは、誰も彼も席から立ち上がり、ステージに駆け上り、彼をもみくちゃにした。
Kさんも僕に触れて交れば、自分が癒されると信じているのだろうか?