何で冬なのにアイスティーを飲んでいるんだろうかと思いながら、心と体の火照りからするとちょうどいいのかもしれない。
はまっちがストローでアイスティーをかき混ぜると、氷が触れ合う音がかすかに響き合う。
「催眠ってどんなことをやってるの?」
僕はもう少し突っ込んで聞いてみた。
「今は、スクリプトを出す練習かな」
「それって、僕と同じじゃん」
はまっちは声を出して笑った。
「うえっちが『じゃん』なんて言葉使うの初めて聞いた。それって横浜弁って知ってる?」
「えっ、そうなんだ。はまっちは神奈川出身だから詳しいんだね」
「そうそう」
そう言いながら、まだ笑ってる。どうやっても、心がはまっちの片えくぼに吸い寄せられてしまう。
「さっきから、私の口元ばかり見てない?」
「うん、まあ、はまっちの片えくぼ見るの、久しぶりだから」
「笑うと出るのよね」
「知ってる、昔から」
「ところで、催眠の話ね。今度、催眠お互いにしてみない?」
「いいけど、ふたりで?」
「そうね、怜ちゃんと3人で」
「そりゃ、そうか」
「そりゃ、そうよ。私たち、もう高2だもの」
「いつ?」
「冬休みの最初の日がクリスマスイブでしょ。その日はどう?」
「クリスマスに催眠か、不思議な組み合わせだね」
「まあ、いいんじゃない」
「どこでやるの?」
「怜ちゃんの家で」
「わかった」
「ところで、受験大学はもう決めたの?」
「そうだね、A大学の哲学科にしようと思ってる」
「哲学科かあ、なんかうえっちにぴったりな気がする」
「はまっちは?」
「B大学の心理学科」
「あれっ、シェフになるんじゃないの?」
「もちろん、なるかもしれないわ。でも心理学を心得ているシェフなんて素敵でしょ?」
「そうかもね。僕は、合格したらひとり暮らしするつもり」
「私もね、ひとり暮らしするかもしれない。お母さんが再婚する予定だから」
「そうなんだ」
僕はなんと言っていいかわからなかった。
「何、微妙な顔しているのよ。おめでたいことよ。私は、お母さんが自分の幸せを見つけようとしていることを、うれしく思っているのよ」
「すごいね、はまっち。大人だね」
「そうよ、いつまでも小5のままじゃないわ。うえっちもそうでしょ?」
「そうだね、でも僕は変わっているのかな」
はまっちはしげしげと僕を眺める。
「なんか、すごく変わっていると思うわ。身長は伸びているし、声は低くなっているし、顎に髭の剃り残しはあるし」
「えっ、本当?」
僕は急いで顎の辺りを手で触った。特に何もないようだ。
「何、触っているのよ。冗談よ、冗談。じゃなくて、外面だけじゃなくて内面が変わっているように見えるわ」
「昔から知っているはまっちにそう言われるとうれしいな」
「何だか、心も体も男性らしくなったように思えるわ」
「そうかな、最近も、男性を感じないと人に言われたんだけど」
「私には男性らしく見えるわ。うえっちに興味がない人から見たらそう見えるんじゃない、ただそれだけのことじゃない?」
「ということは…。やめておこう。はまっちも落ち着いたというか、女性らしくなったというか…」
「ありがとう、うえっちにそう見えるなら、うれしいわ」
僕は、24日、午前9時40分に、あのバス停の前で待ち合わせることにしてファミレスを出た。
空に、変わらず、2つの羊雲がぽっかり浮かんで、夕陽に照らされて茜色に染まっていた。