(これはすべてフィクションであることをお断りしておきます)
ボタボタポタ…
お風呂の水道の蛇口がちゃんと締めていないのか、水がバスタブに落下する音がえんえんと聞こえる。
立ち上がって締めにいかなければならないことはわかってる…
しかし、その気力さえもない。
トイレにさえ行く気力がないのだ、どうしてそんなことのために立ち上がる気力があるだろう。
私は、光を通さない厚いカーテンを引いた真っ暗な部屋で、天井を見つめていた。
今が、夜なのか昼なのかもわからない。
時間を見ようにも、時計は物に埋もれて、まず時計を発掘する必要がある。
布団は山と積まれた本に囲まれているのだが、なんだか熱を帯びているようで暑い。
もはや、死ぬ気さえ起こらない。
過去には、三度、自殺未遂をしたが、無駄な試みだった。
今、考えると、死のうとしようといる点で、それだけのエネルギーがあったのだと思える。
それよりも、さらにどん底まで落ちてしまえば、もう死ぬ気力もない。
生きる気力もないが、死ぬ気力もない。
ただ、体だけが抜け殻のように生き続けて、時が来たら死ぬだけだろう。
それでも、今でも、涙で目が覚めることがある、自分が流している涙で。
どんな夢を見たのか、全く思い出せないが、眠っている最中にとめどなく涙が流れ止まらなくなることがあるのだ。
その時だけ、自分がまだ人間であることを思い出す。
涙は癒しの効果があるという、けれど、涙を流したとて何かが変わるわけでもない。
涙を流し終わってしまえば、また、胸の中にある果てしもない重い鉛を感じるだけだ。
それでも、私は涙をどこかで期待している、氷ではない鉛が涙で溶ける奇跡などあり得ないことは知っていても。
ピンポン、ピンポン、ピンポン…
けたたましくチャイムが鳴る。
それでも起き上がれないでいると、ドアをどんどん叩く音が聞こえる。
「智昭、智昭、智昭、いるんでしょ!」
母親だ。
なんとか、力を振り絞ってよろよろと立ち上がって、チェーンをかけたままドアを開ける。
ドアの向こう側には、母親が立っている。
「ちょっと入れて、話したいこともあるんだから!」
いきなりすごい剣幕で言ってくるが、私にはそれに応じる力はない。
母親は力任せにドアを引っ張る。
私は幽霊でも見るかのようにただ茫然と見ているだけだ。
そのうち、諦めたのか、ドアを引っ張ることをやめた。
「食べ物、ここに置いていくからね、いつまでもこのままではすまないから」
捨て台詞を吐き出して、去っていく。
階段を降りていく音が聞こえると、僕はチェーンを外し、ドアの外のビニール袋を中に入れる。
そこには、頼んだサンドイッチも弁当もなく、ただ、アンパン、クリームパン、チョココロネ…と大量の菓子パンが詰められていた。