無意識さんとともに

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母の支配を断ち切るスクリプト〜リストラされた曲芸師

舞台とおおぜいの観客、それらを包み込む黄褐色のテント

私は舞台に立ってまぶしい照明と拍手を浴びている

高鳴る気持ちを胸に感じつつ

 

私はサーカスのスター

どんな曲芸もお手のもの

 

みんながはっと息を呑む空中の綱の上を

バランスをとって進んでいく

生と死、喜びと悲しみ、笑いと涙のバランスをとって

ただ、足裏に感じる細い綱だけを頼りにして

 

さらなる見せ物は空中ブランコ

背筋も凍る空中で勇気を振り絞って

ブランコからブランコへと飛び移る

生から死へと、また死から生へと

そのたびに大きな歓声が耳をかすめ

誇らしい気持ちに顔が輝く

 

私は母ご自慢の子ども

「あなたのような子どもを持って幸せだわ、もう思い残すことはないわ」と母は言う

私は嬉しくもあり悲しくもありそばでうつむいて聞いている

心に感じる痛みを押し隠しながら

 

母は団長

私は生まれながらの曲芸師

母のために、毎日、芸を教え込まれてきた

ただひたすらバランスをとる訓練

「笑顔を決して忘れてはだめよ」

どんな時でも微笑みながら、

平均台の上でバランスをとって、一回転、二回転、三回転

母のほめる言葉と叱る言葉に注意しながら

来る日も来る日も

 

それだけではなく

母と父のバランス、兄弟のバランス、学校の友だち同士のバランスも取りながら

このサーカスのスターになってからは

一座と観客のバランスさえも取りながら

微笑みを忘れることなく

 

『私はどこにいるの?』

『バランス、バランス、バランスの中のどこに私はいるの?』

そんなことを考えていたら

ある日、大きなヘマをしてしまった

巨大なボールの上に乗っていた私は

バランスを取れず転がり落ちてしまった

たちまち耳に入ってくる観客のため息

駆け寄ってくる母の怒った顔

輝きの消えた舞台にへたり込む身体の感触

 

その日から私はもうバランスが取れなくなってしまった

舞台に上がれなくなってしまった

 

「何で今までできていたのに、できないの?」

「できないものはできないんだよ。」

「自慢の子どもはどこに行ったの?」

「もういい加減にしてくれ。私の人生を返してくれ」

母の失望した声に噴き上がる握りこぶしのような怒り

 

「あなたはもういらないわ。ママの望む子じゃないもの。」

 

思わず、ドアをバタンと閉じ、古びた大きなテントを立ち去る私

怒りに身を震わせ、二度と戻るまいと決意する

もう偽りの笑顔を浮かべながら、バランスをとる必要などない、生と死のバランス、喜びと悲しみのバランス、笑いと涙のバランスを

ただ生きる時は生き、死ぬ時は死に、喜ぶ時は喜び、悲しむ時は悲しみ、笑う時は笑い、涙する時は涙するだけだ

人間同士のバランスをとって自分が責任を負う必要などない、それぞれが責任を負うだけだ

 

振り返るまい、二度と、

戻るまい、決して、

人工の光ではない太陽の光の中を歩む自分に

風が吹いて来て聞こえた

『この支配からの卒業』と

 

「グッバイ、ママ」