2022-01-01から1年間の記事一覧
私の父はタイル職人だったが、仕事が順調にうまくいくと、不動産業に手を出した。それで、2度、失敗して、持っていた家も手放さなければならなかった。 父は、人に厳しいことを全く言えない人だった。 「相手の人に悪い」というのが口癖で、それで人に厳し…
塾を出て、家への道をとぼとぼ歩く。 目の前に畑が見えてくる。大家の山崎さんの畑だと聞いたことがある。 暗い中を、街灯がひとつだけあってそこだけぼうっと明るい。 「うえちくん」 いきなり名前を呼ばれて、よく目を凝らしてみると、街灯の下に確かに人…
オンラインカウンセリング開業の準備をしている。 ZOOMで、映像と音声のために必要になるノートパソコン以外に、クライアントの話を逐語で入力するノートパソコンも必要だと気づいた。 前は、心が向こうからこういうノートパソコンと教えてくれて、それに従…
H 授業が終わった教室で、わたしは、今、うえっちといる。 怜のパパが帰りの車を出してくれるまでのわずかな時間、怜と福井君がわたしに気をつかって、うえっちとふたりきりにしてくれたのだ。 うえっちと一緒にいた女の子もわたしを睨んでいたような気もす…
どうやら、催眠導入には2つのタイプがあるらしい。 ひとつめは、リラックスして脱力して眠くなるようなタイプ。 ふたつめは、脳を揺さぶるような感じで、固着していた記憶や感情が剥がれるようなタイプ。 普通の催眠導入はひとつめのものだが、解離表現や二…
9月のある日、わたしはいつものように、怜を左、福井君を右にして、無限塾の教室で英語担当の植木さんを待っていた。 「何だか、新しい生徒が2人入るらしいわ」 怜には、塾の情報がいち早く入るらしい。 「どんな子なんだろう」 福井君は怜と一緒にいると、…
FAPをしていて、キーワードを読んでいると、何だか喉がつまって咳が出てくる。 風邪もひいていないし、ふだんはそんな咳もしないので、『これは何だろう?』と不思議に思っていたが、 どうやら、クライアントのトラウマをサーチして、トラウマにいき当たって…
ぼくと佐伯さんは、植木さんの後をそろりそろりとついて、教室に入っていった。 教室の前には、キャスターのついた移動式のホワイトボードがあり、木とスチールが組み合わされた長机と長椅子に、12、3人の生徒がもう座っていた。 植木さんと皆の前に、ふたり…
キリスト教は卒業したのに、何十年も読んできた聖書は自分の血肉となっているらしい。 八木重吉という詩人は、「聖書の中に入り込みたい」と言ったが、聖書、特に、何百回も読み込んだ新約聖書は、自分の手足のように感じることがある。ここまで、繰り返し読…
ママは、怜のパパのところに、一週間に一回、カウンセリングに出かけている。 どんどんよくなってきて、この頃は寝込むこともほとんどない。 それどころか、私の記憶の限り、こんな元気なママを見たことがない。頬も薔薇色で、まるで10代のエネルギーに溢れ…
私の母親は、自分が誰よりも善人であると信じきってやまない人だった。 だから、近所の誰彼となく世話をしていたが、そうしながらも、家ではその人たちの悪口を言ってやまなかった。 私はそんな母親に育てられたが、彼女はネグレクトで過干渉だった。 よく覚…
新青梅街道沿いのコンビニ前に立って、佐伯さんを待っていた。 待ち合わせ時間を5分過ぎて、佐伯さんはやっとやってきた。 遠くから手を振ってくる。しかたなく、こちらも手を振り返す。 目の悪いぼくの視界にはっきり姿が捉えられるようになってみると、こ…
ひとりの女の子がおりました。 ある日、女の子は湖のほとりにやってきました。 湖はどこまで澄んで、底まで見えるようです。 何を思ったのか、女の子は、服を着たまま、水の中に潜り始めました。 辺りは一面の青、魚も泳いでいません。ただ青一色の世界です…
どういうことかわからないが、福井君も無限塾に入ることになった。 だから、わたしは、無限塾のクラスで、何だか一番前の席で、左に怜、右に福井君と並んで授業を受けている。 学校では寝てばかりいる福井君だが、なぜか、無限塾では起きてちゃんと授業を受…
インスタントスクリプトでどうして元気になるのか、訳が分かった気がしている。 トランスに入ってスクリプトを語ったり、聞いたりすると、それまでつながっていた支配の脳のネットワークが強制解除されるらしい。 そして、本来のネットワークにつなぎ直され…
文芸部からの帰り道、いつものように佐伯さんが子犬のように後をついてくる。 ちらっと周りを見てから並んで歩く。 『佐伯さんでも、少しは周りを気にすることもあるのかな』 「上地君って、この頃、塾に通っているんですか?」 上地君って言われて戸惑う。…
メシアコンプレックスは、ウィキペディアによると、 「個人が救済者になることを運命づけられているという信念を抱く心の状態を示す言葉である。狭義には誇大妄想的な願望を持つ宗教家などに見られる心理状態を指すが、広義には基底にある自尊心の低さを他者…
学校からの帰り道は、どういうわけか、怜と福井君と3人で帰ることが多くなった。 神父志望の福井君は、男性を感じさせるような人ではないからか、3人で帰っていても誰も変な噂を立てることもなかった。 「福井君は、本当に父親の意向に沿って、神父になる…
自分の怒りを感じる練習をしているのかもしれない。 失礼なことをされても怒れない。「全然、大丈夫。気にしないでください」とすぐ言いたくなってしまう。 まだ、20代の頃、電車の中で吊り革を握って立っていた。 すると、後ろにいた女性がいきなり声を出し…
あるところに、男の子がいた。 男の子は、星の砂を漁る仕事をしていた。 家が貧しかったから、男の子が漁る星の砂を市場で売って、一家は暮らしていた。 その日も、川で男の子が絹でできた目の細かい網を使って、星を漁っていると、そばにひとりの女の子がや…
幼稚園から小学校にかけて、「誰とでも仲良くしましょう」と教え込まれるが、もしかしたらとんでもない教えなのかもしれない。 私の場合は、さらに、「あなたの隣人を愛せよ、右の頬を打たれたら左の頬も出せ、手向ってはならない、あなたの敵を愛せよ、祝福…
高村君から花岡さんへ、そうして花岡さんから私へと経由して、うえっちの手紙が届いた。 わたしは、うえっちの言葉ひとつひとつを心に刻み込むようにして読んだ。 『うえっちもわたしのことを忘れてはいない、今もミサンガをつけてくれている』 もう、それだ…
ミルトン・エリクソンの動画や本を読んでいるが、とても興味を惹かれる。 私は、エリクソンに治せない患者なんかいないものだと思っていた。 ところが、よくよく読んでみると、エリクソンが治療を断ったというケースもある。 今まで読んだところでは、3つあ…
ぼくは、大きなテーブルを挟んで、男の人と差し向かいに座った。 「私は、塾も経営している藤堂と言います」 『藤堂?』、一瞬、頭の中で何かがカチリと音がしたが、ぼくは気にしなかった。 「この塾は特待生の制度があると聞いたのですが」 ぼくは喉がカラ…
神は人を救えないし、人は人を救えない、自分が自分を救うだけなのだ。 だったら、カウンセラーは何をするのだろうか? その人がその人を救うきっかけを与えるだけである。 もう、その人が救われるリソースはその人の中にある。 その人が自分の中に眠るリソ…
私たちは、駅までの道をぶらぶら歩いた。 公園を見やると、3歳ぐらいの子どもたちが、男の子も女の子も砂場で、声を上げながら、お城のようなものを作っていた。近くに、母親らしき人たちがいるが、子どもたちは作ることに夢中で目に入らないらしい。 「公園…
私は、裸の王様を見つけたら、「どうして裸なの?」というような子どもだったらしい。 それが高じて、哲学科にも行ったようなものだ。 だから、哲学科は私にとってパラダイスだった。 「どうして裸なの?」と尋ねても怒るような人は哲学科にはいない。むしろ…
ぼくは授業にろくすっぽ出なくなって、部室で教科書を眺めているだけだから、成績はどんどん下降して行った。 だから、1学期の成績など今までに見たことのない数字が並んでいた。ただ、親は成績に興味を示さないので叱られることがなかったが、自分で自分が…
無意識はコピーをつくらない。 宗教は、教祖のコピーをつくることで、人を救おうとする。以前、事件を起こしたある宗教は、ヘッドギアをつけて、教祖の脳波に同調することで解脱しようとしていたようである。それは極端な例かもしれないが、宗教では、多かれ…
ミサが始まった。 でっぷりと太った神父が入ってきた。そして、何かを言うと、立ったり座ったり十字を切ったりを繰り返す、中にはひざまずく人もいる。右隣にいる黒づくめの福井くんは、忠実にそのような動作を繰り返していた。 『何だか軍隊みたい』と思っ…