無意識さんとともに

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スクリプト小説 AとBとC

AとBとC 第三十二回〜空の下で

C2 その後、私は、ただプラトンアカデミアの面々と共に、楽しい、ふざけた日々を過ごしていた。以前だったら、そういう馬鹿騒ぎのような日々に後ろめたい気持ちになったろうが、今は青春の1ページとして楽しんでいた。 そして、そういう日々も瞬く間に過ぎ去…

AとBとC 第三十一回〜奴隷解放

C2 教会に行かなくなって、次第に私はクリスチャンとしての振る舞いもやめていった。食事の前のお祈りもしなくなったし、前は必ず断っていた哲学科のクラスの飲み会にも行ってみた。 そして、教会で自分の友人だと思っていた人たちとの仲も疎遠になっていた…

AとBとC 第三十回〜脱出

B2C 相変わらず、教会には通い続けてはいた。自分にとっては習慣みたいなものだった。そして、また、依然としてクリスチャンとして振る舞い続けていた。食事前には他の人の前でもお祈りをしていたし、大学のクラスの飲み会には参加しなかった。 それでも、自…

AとBとC 第二十九回〜心に聞く2

C1 それからも、心に聞いては邪魔を排除することを毎日繰り返していた。 変化は些細なことから表れてきた。 以前は、物を買うことも母の目を意識していた。実際、母は私の買ったものをチェックして、ああだこうだとダメ出しをする。 だから、買おうとする時…

AとBとC 第二十八回〜心に聞く1

A B C1 『心に聞く』?、気乗りはしなかったが、このぐるぐるから抜け出せるキッカケぐらいは与えてもらえるかもしれないと思ってやってみることにした。 「じゃあ、同じ言葉を繰り返してくれるかな。『心よ、私とあなたの間に邪魔はありますか?』」 いきな…

AとBとC 第二十七回〜初老の男2

A B C1 『自分はなぜクリスチャンであることを恥じているのだろうか…そうか』 そう思った途端、今度は右手の小指が痛み出した。 「顔をしかめているね。あの小指が痛むのかい」 「なんでそんなことがわかるんだ?」 「君のことなら大体わかる」 どうしてと言…

AとBとC 第二十六回〜初老の男1

BC1 夢の中で目が覚めた。 私は、机の上から顔をあげて、あたりを見回した。目の前にはふすま、左手には大きな窓があって林が見えている、後ろには本が散乱している。 まったく変わらない光景…だからそれだけ見れば、単に目が覚めたそれだけのことだったろう…

AとBとC 第二十五回〜夢想2

A B C1 キルケゴールは、自分が神に呪われていると信じていた。そうして、33歳、つまりイエス・キリストが亡くなった歳までに自分が亡くなると信じていたのだ。事実、彼の兄弟はその通り、何人も33歳までに亡くなっていた。 彼は父からある事実を聞かせられ…

AとBとC 第二十四回〜夢想1

ABC1 そうやって、私は大学に通い、プラトンアカデミアの面々と時間を過ごし、また日曜日には教会に通っていた。 心の内には絶えず大きな矛盾があり、時限爆弾を抱えているようだったが、大学でも教会でも楽しいことがなかったわけではない。 いろいろな楽し…

AとBとC 第二十三回〜決壊

B2 まるで自分が天使になったような、地面から体が浮いているような気持ちを過ごした後、私は再び、地獄に引き戻された。 何がきっかけかは覚えていない。 母は私の心に爆弾を投げ込む達人だった。 その日も、何かを言われて私は黙り込んで母の言葉を受け流…

AとBとC 第二十二回〜N

B1 回心の後、数週間は夢見心地の状態が続いた。 母に対する怒りももはや感じず、性欲もなくなり、ふわふわとして、自分が本当にまるで天使のようになったようだった。 『これで全てが終わった、解放された』と思った。 そんなある日、家の近くの坂道を上っ…

AとBとC 第二十一回〜回心

B1 教会に通うようになって、私はキリスト教にのめり込んだ。小さな頃からの母との戦争状態、自分の内面のドロドロ、これらを解決してくれる救いがキリスト教にあると信じた。 新約聖書を絶えず持ち歩き、繰り返し繰り返し読んでいた。 牧師の説教は退屈だっ…

AとBとC 第二十回〜門をくぐる

B1 神秘体験の後も、教会に行こうとは思わなかった。ヴェイユの影響を受けていたので、組織というものは「大怪獣」であり、人を歪めるものだと考えていたし、また内村鑑三の無教会主義にも惹かれていた。 けれど、大学浪人していた間、高校の聖書研究会には…

AとBとC 第十九回〜シモーヌ・ヴェイユ

神秘体験の前後、私はシモーヌ・ヴェイユという女性哲学者に魅せられていた。講談社現代新書から田辺保という人が書いた「シモーヌ・ヴェイユ」という小さな本が出ていて、いつも持ち歩いていた。何百回読んだかわからない。 彼女の生涯は実に奇妙であり、し…

AとBとC 第十八回〜ボタンのかけちがい

B1C 自分が経験した神秘体験は以上のようなものだった。そして、私はこれらの神秘体験をキリスト教の枠組みに当てはめて解釈した。その行き着く先は当然、クリスチャンになることだった。そして、クリスチャンになってどんなに苦しいことがあろうとも、この…

AとBとC 第十七回〜神秘体験2

B1C その後、ある夢を見た。 鬱蒼と生い茂った深い森にいた。薄暗く時折聞こえる鳥の囀り以外は、自分の呼吸の音しか聞こえない。足の裏に地面に這い出した木の根を感じながら、道を探していた。 薄暗闇の向こうの方にぼんやりと光が見えて、導かれるように…

AとBとC 第十六回〜神秘体験1

B1C そんなふうに、M山さんと議論を交わす日々。 ある日のこと、朝、起きた。私の部屋の前には小さな林があって、窓からその林が見えていた。昇ったばかりの太陽の光が林の木々を照らしていた。そんな光景はおそらく何百回も見てきただろう。何の変哲もない…

AとBとC 第十五回〜キリスト教との出会いとM山さん

B1 小さな頃から母と戦争状態だったが、母の支配に抵抗しながらも自分の罪意識、自分がとんでもなく悪い人間だという感じを消し去ることはできなかった、いやむしろ、それは成長するにつれてますます大きくなっていった。と共に、清らかな美しい心を持った天…

AとBとC 第十四回〜父の名の不在と去勢

A2 父のことも書いておこう。 父との思い出はあまりない。職人で、筋肉質で、奥目の顔つきをしていた。無口で、人を信じやすく、何かにつけ人を疑ったら悪いと考えるような人だった。 だが、子どもの私にとっては父は影が薄く、何を考えているのかわからない…

AとBとC 第十三回〜火山

A2 そのように、小さい頃からずっと母とは戦争状態であり、心は怒りというマグマに満ち満ちている火山のようであった。時には休火山のようであり、時には爆発して活火山のようであったが、心の中にふつふつと燃えたぎるマグマが消えることはなかった。 しか…

AとBとC 第十二回〜地獄

A2 洋服を買いに行くことともうひとつ、なかなか克服できなかったものは、髪を切りに理髪店に行くことだった。 「そんなに髪が伸びると、近所の人は乞食が家に住んでいると思われるから早く床屋に行ってちょうだい。」 それでも行くことを拒んでいると、母は…

AとBとC 第十一回〜誕生日

A 2 誕生日が来る度に、言い知れない痛みを感じたものだった。そんな日はなくなってしまえばよいとまで思っていた。 両親に誕生日を祝ってもらった記憶がない。 「今日は僕の誕生日だけど。」 「だから何?」 急に母はキレる。 「これで何でも気の済むように…

AとBとC 第十回〜洋服売り場

A2 私は怒りに満ちていた。内側に怒りのマグマをためていた。そして、その怒りの破壊欲動は時に噴火して現れることになったのだ。 私は服を買いに行くのが苦痛だった。洋服売り場に行くと冷や汗が流れる。そのため、同じ服を何年も着ていた。あるいは仕方な…

AとBとC 第九回〜破壊欲動

A1 そのうち、私たちの蛮行は度を超えたものとなった。もっとも、度を超えたのは、Sと私だけだったが。 「このあいだ、家に○○教の人が訪ねて来た。それで、暇だったので相手をしたが、最後に『集会に来ませんか』と言われた時に、長い沈黙の後に、『実は…私…

AとBとC 第八回〜蛮行

A1 今、考えると青春の黒歴史なのかもしれないが、時々、私はプラトンアカデミアの面々と蛮行としか思えないようなことに及んだ。 メンバーはなぜかアルコールを飲むことはなかったが、学生会館の哲学会室でジュースを酌み交わし議論や雑談に耽り、日も暮れ…

AとBとC 第七回〜哲学科

A1 ということで、我がプラトンアカデミアの面々、Y教授を初めとして、哲学科というのは、人間動物園、変人の集まりだと言ってよかった。 高校三年生の時、哲学科出身の政経を教えている教師に「哲学科に行きたいのですが」と言ったが、「哲学は斜陽の学問…

AとBとC 第六回〜Y教授

A1 かくして、HとSと Mと私は、学生会館の一室でプラトンアカデミアと名乗る会をぶち上げて、プラトン研究と称して、プラトンの「饗宴」をつまみに議論したり、UNOをしたり、雑談をしたりしていた。 哲学科は2クラスあり、1組はドイツ語選択であり、2組は…

AとBとC 第五回〜M

A1 単に学生会館の一室でプラトンを読むだけの会、プラトンアカデミアを構成するもうひとりのメンバーであるMについては、どこでどう出会ったのかよく思い出せない。 確か、愛知県のT市出身で、ひょろっとしていてメガネをかけていてよく笑っている姿が目に…

AとBとC 第五回〜Sとの出会い2

A1 Sとは帰る方向がたまたま同じだった。それで、東西線に乗って高田馬場に向かったが、顔色はどんどん悪く、顔にうっすら汗が滲んでいた。 高田馬場で西武新宿線の下りのホームに着く頃には、呼吸が苦しいと言い出した。仕方なく、ベンチに横にならせ、駅…

AとBとC 第四回〜Sとの出会い1

A1 気が弱い男性が得意である。と言っても、男性は苦手であり、小さい頃からほとんど女性の友達が多かったような気がする。けれど、気が弱い男性には話しかけやすい。 大学での授業が数週間過ぎた頃、私はSと知り合った。 Sは大きな階段教室で授業を受けて…