黎明〜鬱からの回復
私たちは、カラオケでの礼拝後に二人で決まってランチを食べたあのファミレス、チェーンでもないマイナーなファミレスで待ち合わせた。 今も、そこに店が存在しているかどうかもわからなかった。 けれども、私たちが再会するとしたら、その店以外には考えら…
O先生は簡潔明瞭に答えた。 「いや、キリスト教の限界ではなく、支配です」 私は、目の前が真っ暗になった。 後から考えると、それは太陽の光に照らされて、真っ暗になったのかもしれない。 けれど、その時には、本当に真っ暗だった。 もし、神と人間との親…
そのうち、私は、O先生の有料動画を見るようになった。その頃は、ツィッターでO先生に質問することができた。みんな、思い思いの質問を投げかけていた。もちろん、時間の関係上、全部取り上げられないにしても、何回も書いていれば取り上げてもらえるようだ…
瞑想で、ある程度眠れるようになって、昼夜逆転はなくなったが、それでも、スムーズな睡眠というのは難しかった。 まず、なかなか寝付けない。 そうして思いついたのが、催眠スクリプトを聴くことだった。 O先生は、無料のブログとは別に、サブスクで動画が…
心と対話するようになって、不思議なことが起きるようになった。 ある日、私は、久々に遠くまで出かける予定だったが、急に足首が激烈に痛くなった。 『もしかして、これは痛風かも』 以前、働いていた時に、痛風を患ったことがあったので、そうではないかと…
随分と、思い詰めていたのかもしれない。 私は、夢の中でも、『心よ、母親からの支配と邪魔を排除してください』と繰り返していた。 そうして、やはり、何の返事もないかと諦めた次の瞬間、場面が変わった。 母親は仰向けに寝ている自分の上にのしかかって、…
それから、私はその著者の本を次から次へと読んだ。 Amazonのおすすめに出てくるものに従って読んだが、最初、呪文とか遺伝子コードについて書いてあるものは読んでも頭に入らず、著者の言っている通り、唱えてみても何かが変わっている実感が持てなかった。…
そんなある日、私は、何だか急に、もう一度、『催眠ガール』を読みたくなった。 そうして、読み進みていくと、自分の中にぐんぐんと波のようなものが起こって、その波に乗ってページをめくっていく。 催眠スクリプトが書かれているところに来ると、不思議な…
相変わらず、瞑想は続けていたが、特に何かが変わることのないそんなある日、私は、日曜日の朝、アパートの近くを歩いていた。 なぜか、その日に限って、少し、散歩でもしようかと思ったのだ。 私は、大学附属の中高のある校舎の方に向かって、歩いていた。 …
達磨静座法は、毎日、続けていた。この瞑想をすると、自分が動けると思っても本当は動けない場合と自分が動けないと思っても本当は動ける場合の区別がついてくる。 動けない場合はすっぱり諦めて休み、動ける場合は身の回りをちょっと片付けるというごく小さ…
それから、私は、とりあえず眠れなくても、朝起きるようにした。 睡眠時間が2時間というのはざらだったが、そんな日が数日続くと、何とか、5、6時間眠れる日も出てくる。 その後、また眠れない日が続いて、そう簡単なものではなかったが、それでも昼夜逆転…
次の日の朝、私は明け方に眠ったばかりだったが、それでも虚ろな頭で布団から起き上がり、カーテンを引いて、朝日を浴びた。 布団の脇に置いてあるテーブルこたつにうず高く積まれたゴミが見えた。 私はゴミ袋を持ってくると、ゴミを袋に分別して入れ始めた…
その日も、お昼をとうに過ぎて、夕方近くまで眠っていた。 「今日の授業、面白かったね」 「〇〇先生のジョーク、つまらな過ぎて面白すぎる」 そんな会話がどこからともなく聞こえる。 いや、近くには私立大学附属の中高があり、そろそろ生徒が近くの道をぞ…
それから、私の引きこもり生活は1年、続いた。 対人恐怖はだんだんとひどくなってきて、私が外出できるのは、深夜、もう人気のいない時間だけになった。 けれど、深夜、コンビニに行く時さえ、まるで光を厭う害虫のように、コンビニの光は私には眩しすぎた…
気がつくと、私は、薄暗い部屋にいた。 どれだけ、過去の回想に耽っていたことだろうか? あれから、私は光にはもちろん、藤堂さんにも一回も会っていない。 会おうとしたことはあったが、怖くて、結局、会うことはできなかった。 そうして、藤堂さんとのカ…
私は、どれだけ気絶していたことだろう。 気がつくと、私は藤堂さんの膝の上に頭があって、藤堂さんの顔がすぐ真上にあった。 「大丈夫?」 「ああ、もう大丈夫」 私は急いで起きあがろうとしたが、藤堂さんは手で私を押し留めた。 「もう少し、このままして…
「ふざけないで。そんな全能の愛が神なら、私たちが、私が苦労して信じてきた意味がないじゃない!」 私は光の手を取ってそこに留めようとする。 けれど、光は手を振り払う。 「神様は正義の神、信じるものには報酬を与え、信じないものからは持っているもの…
光の祈りは続く。 「あなたは私たちを選び、あなたの戦士として、あなたの福音を告げるものとしてくださいました。それは、あらかじめ救われることが予定されたものには喜びの福音を告げ知らせ、そうでないものには滅びの福音を告げ知らせるためです。 そう…
あまりに早く、電話があった2、3日後、光は三重からこちらにやってきた。 私の住んでいるアパートから徒歩10分のところにアパートを借りたのだ。 とりあえずは、どうしても必要な手荷物だけ持ってきて、他のものは後に実家から送ってもらうなり、購入する…
私はおずおずと携帯の応答のボタンを押した。 「もしもし」 「ともちゃん」 久しぶりに聞く光の声は妙に明るい。 何だか、別人のようだ。 「今、ひとり?」 「いや…その、藤堂さんと一緒で。今日は他の教会に行ったから」 しどろもどろになりながら、なんと…
私たちが後ろの方のパイプ椅子に座ると、礼拝が始まる。 素人っぽいところがかえって好感を持たせるようなギターの音色が響き、ちょっと古いワーシップソングが前のスクリーンに、日本語で映し出される。 ギターに合わせて歌う人たちの歌声も何だかたどたど…
私たちは、いつものように、礼拝をする。 一度、祈り出して始めると、半ば自動的に礼拝は進んでいった。 そうして、終わると、やはり、いつものファミレスに行ってランチを食べる。 あんなことがあったからなのか、何だか藤堂さんを意識して、言葉が出てこな…
私は、藤堂さんとの約束通り、その日の夜遅くに、光に電話した。 机の前に、携帯電話を置いてから、かけようかと何度も逡巡する。 そんなことを繰り返してから、ついには諦めたように番号を押した。 すぐに光が出た。 「どうしたの?こんなに遅くに」 何だか…
「特別に祈ってほしいって、どんなこと?」 「内容は話せないんですけど、特に大切なことなので、頭に手を置いて祈ってくれますか?」 『内容は話せない』という言葉に何だかがっかりした次の瞬間、『頭に手を』という言葉にドキッとする。 「頭に手を?」 …
「家に何もないので、途中でお弁当を買いましょう」 藤堂さんは、それほど大きくない駅の北口の階段を降りるとそう言った。 もう、辺りは真っ暗だった。こちらは住宅街ばかりなのか、灯りがほとんどない。 私たちは、途中で、チェーン店のお弁当屋で、それぞ…
けれど、藤堂さんと私は、二人きりの礼拝で毎週、顔を合わせ、その後は一緒に食事をしてお互いのことを包み隠さず話し、そんなことをするたびに、親しくなっていった。 藤堂さんは、いつものあのファミレスの、窓際のあの席で、食後の紅茶を入れた白いカップ…
次の週から、私は藤堂さんとふたりきりでいつものカラオケで礼拝することになった。 さすがに、若い女性とふたりきりと思うと、おかしな雰囲気にならないかと自分のことを案じたが、メッセージを語りだすと、没頭してしまって、そんな心配はどこかに吹き飛ん…
「大丈夫ですか、神崎さん?」 手を背中に置いたまま、藤堂さんはそう言った。藤堂さんが私のことを神崎さんと呼ぶのは、初めてのことかもしれない。 「何とか、大丈夫だよ」 私は何とか、上半身を起こして、藤堂さんの方を向きながら言った。 藤堂さんは、…
田中君が続けて言う。 「私たちがこのカラオケの礼拝をするって、提案したんですから、路線が違うのでこのカラオケ礼拝はお開きってことにしてくれませんか?」 「お開きって、私も続けてはならないっていう?」 私は心臓に痛みを感じながら、何とか蚊のなく…
窓際の席で、それまで、藤堂さんと私が向かい合って座っていたが、席を移動して、彼女と私が隣り合って座って、彼女の向かい合わせに成島君、私の向かい合わせに田中君が座った。 ウェイターが来て、彼らは声を揃えてドリンクバーを注文して、それぞれが飲み…