2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧
意識を捨てて無意識になれば、すべてのことがうまくいくものでもないとよく言われる。 それは全くその通りだと思う。 意識と無意識の統合が必要なのだ。 言い方を変えれば、究極的な悟りでも開かない限り、人間として生きている以上、全部の時間が凪の状態で…
僕とRさんが待ち合わせるのは、決まって、教会の御堂だった。 御堂の中心には、聖フランチェスコが街のはずれの崩壊した教会で見つけたという、裸のキリストが十字架にかけられているイコンが掲げられていた。 そこで、僕たちは、最初に1時間ばかり黙って祈…
12月24日、当日がやってきた。冬休みの1日目でもある。 僕は、午前5時に起きると、トーストとホットティーだけの簡単な食事を済ませた。それから、釘山さんのカラフルなレシピを脇に置いて見ながら、エビチリに取りかかる。 まずは、調味料を合わせておく。…
それから、御堂で会うたびに、木製のベンチでRさんのために祈った。 Rさんは力のない弱々しい感じだったのに、だんだん、顔色もよく頬も薔薇色になってきたように見える。 「最近は、自分でも祈るんですが、聖霊様ってすごいですね」 「そうですね」 僕はち…
この頃の生活は充実している。無限塾のチューターに、図書委員会、そして何よりはまっちとまた普通に話せるようになったことは大きなことだ。 家は相変わらずだが、食事がなければ自分で作ればいいし、母に嫌味を言われても距離を置けばいいし、何より、大学…
もちろん、Kさんのことがあってすぐだから、僕は、女性に対しては特に距離を置こうとした。 けれど、神様のお導きなのか、それともたまたまの偶然なのか、地元の教会に祈りに行くと、Rさんに顔を合わせるようになった。 もしかしたら、以前も顔を合わせてい…
何で冬なのにアイスティーを飲んでいるんだろうかと思いながら、心と体の火照りからするとちょうどいいのかもしれない。 はまっちがストローでアイスティーをかき混ぜると、氷が触れ合う音がかすかに響き合う。 「催眠ってどんなことをやってるの?」 僕はも…
あの約束があるからこそ、17歳は僕たちにとって世界中の誰よりも特別な時なのかもしれない。 そんなことを考えていると、僕たちは街道にぶつかり、ちょっと左に曲がった。 そこに、うちの高校生御用達のファミレスがあった。 ここには、あの舌を出した女の子…
駅構内のハンバーガーショップで、僕たちはお茶をした。 伊勢崎さんが待ち合わせたのは、Rさんという、伊勢崎さんと同じ25歳ぐらいの女性だった。 「こちらは、Rさん。可愛らしいでしょ」 伊勢崎さんは、頼んでもいないのに一方的に紹介してくる。Rさんは細…
「えっ?」 「催眠やってるのよ、私も」 「本当?」 「本当に」 もっと聞きたいが、もう昼休みも終わってしまう。 「放課後、時間ある?」 はまっちはちょっと微笑みながら言う。どういう意味の微笑みだろうか? 「もちろん、あるよ」 「じゃあ、街道沿いの…
家に帰ると、母と妹に検察官のように追求された。 もちろん、本当のことなど言えるはずもなく、僕は嘘をつかざるを得ないことに良心の呵責を感じた。 「お前は、私の期待を何度裏切ったら気が済むの?」 母はおそらく、僕がカトリックに改宗したことと今回の…
冬休みももう目と鼻の先のある日、僕は、昼休みに、司書室の隣の書庫室でパンを食べようとしていた。いつもは、図書委員で賑わっているが、今日は誰もいない。 僕は、競争でなかなか手に入れることのできない焼きそばパンの袋を開けるところだった。 「あっ…
「ほら、私の顔を見て」 そう言われて、僕は下からKさんの顔を見つめた。 ファンデーションを落とした顔には、右目の下から頬にかけて、縦に、はっきりとわかる傷があった。 「これを見せたのはあなただけよ」 Kさんはほとんど泣きそうな顔になった。僕はそ…
気づけば、もう高2の冬になっていた。進学のことを考えなければならない時期だった。 文系ということは高2の春に決まっていたが、具体的な学部や学科、大学をある程度、絞る必要がある。 「お前が大学に行くなんて思ってもみなかったよ」 母はそういうふう…
Kさんは、コンビニで化粧落としやらコンタクトレンズの洗浄液などを買っている。 さすがに、僕も落ち着かない。 家には携帯で電話した。 「ちょっと、今日は帰れないから」 「どういうこと?」 妹はすごい勢いで聞いてくる。 僕は説明しようがなかったから、…
9月に入ってまもなく、僕はまた放課後、釘山さんと図書室のカウンターで本の貸し出しをしていた。当然ながら、夏休みの間は顔を合わせることはなかったから、こうやって話すことができるのは久しぶりだった。 服装とかが特に変わっているわけでもなかったが…
僕は慣れないことで、たじろいだが、マリア様に付き合うことを報告した後の誓いのキスのつもりなのかもしれない。 「外のベンチでもう少し話しましょ」 御堂の外にはさまざまな種類の木が植えてあって、そこには木製のベンチが置いてあった。 ちょっとひとめ…
藤堂先生が下さったオハンロンの本には、催眠の基本的な技術が書かれていたので、僕は週に1度の神楽坂さんと佐伯さんとの練習で試してみた。 実際のところ、神楽坂さんと佐伯さんもこの本を購入して、3人でいろいろ話しながらやってみた。 「エリクソニアン…
「ところで、FAPというものがあると聞いたのですが」 「FAPというのは、大嶋信頼先生によって考案された日本発のブリーフセラピー(短期療法)です」 「どんな効果があるんですか?」 「ごくごく簡単に言うと、トラウマを除去するトラウマセラピーだと言うこ…
僕は、ワインを一杯、飲んだだけで頭がぼうっとしてきたが、Kさんは次から次へと注いでくる。 僕も飲まざるを得なかった。そして、普段は聞き手のKさんが言葉を僕に浴びせてくる。 何でも、Kさんは良家の子女らしい。そして、代々のカトリックで、父も母も弟…
催眠スクリプト、そう言えば、前にも藤堂先生に催眠をかけてもらった時に、物語みたいなものを語られた気がする。女の子と星を漁って、女の子はいつ間にか対岸にいて、僕は女の子のことを忘れて…という物語。 あれは催眠スクリプトだったのか。 そんな催眠ス…
そうやって、地元の教会とそこのこじんまりした聖霊刷新のグループに通うようになると、人に注目され追っかけられることは少なくなった。 僕は、ますます、Kさんと仲良くなった。 そうして、ある日曜日、グループの帰り際に、Kさんが僕に言った。 「佐藤君も…
僕自身がトランスに入ったら、訳のわからない言葉が浮かんできた。 『開かずの箱』という言葉。 これは何だろう、開かずの扉というのは聞いたことはあるけれども。 自分でもよくわからないうちに、催眠喚起の言葉に続けて語り出していた。 「ある日、部屋が…
僕は二十歳になった。と言っても、何かがそんなに変わったわけではなかった。 大学では、相変わらずぼっちを決め込んでいた。まあ、哲学科というのはぼっちの集合体みたいなところだったから、そうであってもそれが普通だったので、僕にはありがたいところだ…
梅雨が明けた初夏の日差しが、釘山さんの顔をキラキラ照らす。 釘山さんは、この光景と似つかわしくないどろどろした悩みを僕の前で吐き出す。 「…ここまでは、この前も話したけれど、それだけじゃないの」 「どういうこと?」 「彼、楢崎君は私に…」 「釘山…
カトリックの聖霊刷新グループは、3分の2が女性だった。 僕は女性に追いかけられるということは、人生で経験したことがなかった。 僕の初恋は流花ちゃんで、ごく短い期間付き合ったのは松沢さんで、大学では男女を問わずほとんど誰とも話さなかった。 それな…
そうして、授業が5限まででバイトもないある日、僕はすっかり忘れていたが、釘山さんは僕の机のところに来て、腕をつねった。 「忘れてるでしょ、約束」 周りの女子は、一斉に僕の方を振り向いて、何だかとてもバツが悪かった。 忘れていたわけではない、い…
ある方に、「スクリプトは、1度聞けば十分なのでしょうか?それとも何度も聞く必要があるのでしょうか?」と聞かれたことに対して、お答えを差し上げました。 ご質問ですが、まず、スクリプトは一度聞くか、何回も聞くかということですね。 初級講座で話し…
「あなたには、自分の使命に関する預言が与えられているはずです。立ってそのことを話してください」 アイザック神父は言う。 僕は、気が乗らなかったが、渋々立ち上がり、トロントで起きたこと、アンに与えられた自分に関する預言を話した。 すると、あろう…
「私なんか、それとは違うドロドロだもの」 「ドロドロって?」 「素直なお子ちゃまにはちょっと話すのはためらわれるんだけど、まっいいか」 「僕だって高2だよ」 「それもそうね、彼氏は浮気し放題で、でも別れられないの」 「そう…なんだ。でもどうして…