2022-07-01から1ヶ月間の記事一覧
B2 まるで自分が天使になったような、地面から体が浮いているような気持ちを過ごした後、私は再び、地獄に引き戻された。 何がきっかけかは覚えていない。 母は私の心に爆弾を投げ込む達人だった。 その日も、何かを言われて私は黙り込んで母の言葉を受け流…
B1 回心の後、数週間は夢見心地の状態が続いた。 母に対する怒りももはや感じず、性欲もなくなり、ふわふわとして、自分が本当にまるで天使のようになったようだった。 『これで全てが終わった、解放された』と思った。 そんなある日、家の近くの坂道を上っ…
B1 教会に通うようになって、私はキリスト教にのめり込んだ。小さな頃からの母との戦争状態、自分の内面のドロドロ、これらを解決してくれる救いがキリスト教にあると信じた。 新約聖書を絶えず持ち歩き、繰り返し繰り返し読んでいた。 牧師の説教は退屈だっ…
B1 神秘体験の後も、教会に行こうとは思わなかった。ヴェイユの影響を受けていたので、組織というものは「大怪獣」であり、人を歪めるものだと考えていたし、また内村鑑三の無教会主義にも惹かれていた。 けれど、大学浪人していた間、高校の聖書研究会には…
神秘体験の前後、私はシモーヌ・ヴェイユという女性哲学者に魅せられていた。講談社現代新書から田辺保という人が書いた「シモーヌ・ヴェイユ」という小さな本が出ていて、いつも持ち歩いていた。何百回読んだかわからない。 彼女の生涯は実に奇妙であり、し…
B1C 自分が経験した神秘体験は以上のようなものだった。そして、私はこれらの神秘体験をキリスト教の枠組みに当てはめて解釈した。その行き着く先は当然、クリスチャンになることだった。そして、クリスチャンになってどんなに苦しいことがあろうとも、この…
B1C その後、ある夢を見た。 鬱蒼と生い茂った深い森にいた。薄暗く時折聞こえる鳥の囀り以外は、自分の呼吸の音しか聞こえない。足の裏に地面に這い出した木の根を感じながら、道を探していた。 薄暗闇の向こうの方にぼんやりと光が見えて、導かれるように…
B1C そんなふうに、M山さんと議論を交わす日々。 ある日のこと、朝、起きた。私の部屋の前には小さな林があって、窓からその林が見えていた。昇ったばかりの太陽の光が林の木々を照らしていた。そんな光景はおそらく何百回も見てきただろう。何の変哲もない…
B1 小さな頃から母と戦争状態だったが、母の支配に抵抗しながらも自分の罪意識、自分がとんでもなく悪い人間だという感じを消し去ることはできなかった、いやむしろ、それは成長するにつれてますます大きくなっていった。と共に、清らかな美しい心を持った天…
笛吹きケトルに少量の水を入れ、蓋をぎゅっと締め、火にかけます。 すると、水は熱せられて蒸気に変わり、ケトルのつぎ口を通って笛を鳴らせます。 ただ、それだけのことだと人は思うかも知れません。 せいぜい、笛が鳴って沸騰していることを知らせるぐらい…
A2 父のことも書いておこう。 父との思い出はあまりない。職人で、筋肉質で、奥目の顔つきをしていた。無口で、人を信じやすく、何かにつけ人を疑ったら悪いと考えるような人だった。 だが、子どもの私にとっては父は影が薄く、何を考えているのかわからない…
A2 そのように、小さい頃からずっと母とは戦争状態であり、心は怒りというマグマに満ち満ちている火山のようであった。時には休火山のようであり、時には爆発して活火山のようであったが、心の中にふつふつと燃えたぎるマグマが消えることはなかった。 しか…
A2 洋服を買いに行くことともうひとつ、なかなか克服できなかったものは、髪を切りに理髪店に行くことだった。 「そんなに髪が伸びると、近所の人は乞食が家に住んでいると思われるから早く床屋に行ってちょうだい。」 それでも行くことを拒んでいると、母は…
おいらは野良猫 くすんだ灰色のどら猫さ どら猫と言ってもそこらを荒らし回る堂々としたどら猫じゃなく ものかげに隠れて強い猫のおこぼれを掠め取る弱虫のどら猫さ 嫌われないように 目立たないように 我慢強く それがママの教えだった 「いいかい、お前は…
A 2 誕生日が来る度に、言い知れない痛みを感じたものだった。そんな日はなくなってしまえばよいとまで思っていた。 両親に誕生日を祝ってもらった記憶がない。 「今日は僕の誕生日だけど。」 「だから何?」 急に母はキレる。 「これで何でも気の済むように…
舞台とおおぜいの観客、それらを包み込む黄褐色のテント 私は舞台に立ってまぶしい照明と拍手を浴びている 高鳴る気持ちを胸に感じつつ 私はサーカスのスター どんな曲芸もお手のもの みんながはっと息を呑む空中の綱の上を バランスをとって進んでいく 生と…
A2 私は怒りに満ちていた。内側に怒りのマグマをためていた。そして、その怒りの破壊欲動は時に噴火して現れることになったのだ。 私は服を買いに行くのが苦痛だった。洋服売り場に行くと冷や汗が流れる。そのため、同じ服を何年も着ていた。あるいは仕方な…
A1 そのうち、私たちの蛮行は度を超えたものとなった。もっとも、度を超えたのは、Sと私だけだったが。 「このあいだ、家に○○教の人が訪ねて来た。それで、暇だったので相手をしたが、最後に『集会に来ませんか』と言われた時に、長い沈黙の後に、『実は…私…
A1 今、考えると青春の黒歴史なのかもしれないが、時々、私はプラトンアカデミアの面々と蛮行としか思えないようなことに及んだ。 メンバーはなぜかアルコールを飲むことはなかったが、学生会館の哲学会室でジュースを酌み交わし議論や雑談に耽り、日も暮れ…
今、あなたは自分の身の周りのものが見えています。 あなたに語りかける私の声が聞こえるでしょう。 呼吸にともなってお腹が膨らんだり縮んだりするのが感じられるかもしれません。 じっと見るとすぐ目の前にある自分の鼻も見ることができるでしょう。 吸う…
A1 ということで、我がプラトンアカデミアの面々、Y教授を初めとして、哲学科というのは、人間動物園、変人の集まりだと言ってよかった。 高校三年生の時、哲学科出身の政経を教えている教師に「哲学科に行きたいのですが」と言ったが、「哲学は斜陽の学問…
A1 かくして、HとSと Mと私は、学生会館の一室でプラトンアカデミアと名乗る会をぶち上げて、プラトン研究と称して、プラトンの「饗宴」をつまみに議論したり、UNOをしたり、雑談をしたりしていた。 哲学科は2クラスあり、1組はドイツ語選択であり、2組は…
A1 単に学生会館の一室でプラトンを読むだけの会、プラトンアカデミアを構成するもうひとりのメンバーであるMについては、どこでどう出会ったのかよく思い出せない。 確か、愛知県のT市出身で、ひょろっとしていてメガネをかけていてよく笑っている姿が目に…
A1 Sとは帰る方向がたまたま同じだった。それで、東西線に乗って高田馬場に向かったが、顔色はどんどん悪く、顔にうっすら汗が滲んでいた。 高田馬場で西武新宿線の下りのホームに着く頃には、呼吸が苦しいと言い出した。仕方なく、ベンチに横にならせ、駅…
A1 気が弱い男性が得意である。と言っても、男性は苦手であり、小さい頃からほとんど女性の友達が多かったような気がする。けれど、気が弱い男性には話しかけやすい。 大学での授業が数週間過ぎた頃、私はSと知り合った。 Sは大きな階段教室で授業を受けて…
人に教えられて、「青青(あお)の時代」(山岸涼子)という漫画を読んだ。 あらかじめ文庫版の方の解説のコピーをいただいて読ませてもらっていたので、大方の筋は分かっていた。 (以下、ところどころ、ネタバレを含みます。) 三人の不思議な能力を持つと…
A1 Hと初めて会ったのは、大学での最初の授業のことだった。高校とは違う灰色のただただ広い教室に座っていた時のこと。 「こう言うものですが、以後お見知りおきを。」 と自家製の名刺を差し出しながら、いきなり話しかけてきた。 反射的に受け取った名刺…
白い砂浜を歩いていた 寄せては返す波の音 Tシャツの袖を通して入ってくる潮風 目に入ってくるまばゆい光 キュッキュッキュッと砂浜にサンダルの沈み込む音 足裏に感じる暖かさ エメラルドグリーンの海が近づいてくる 鼻腔に感じる吸う息吐く息の音 互いに呼…