無意識さんとともに

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AとBとC 第三回〜Hとの出会い

A1

Hと初めて会ったのは、大学での最初の授業のことだった。高校とは違う灰色のただただ広い教室に座っていた時のこと。

「こう言うものですが、以後お見知りおきを。」

と自家製の名刺を差し出しながら、いきなり話しかけてきた。

反射的に受け取った名刺のつるんとした手触りを感じながら、名刺の字を眺めると当たり前のことだが、まったく記憶にない名前だ。

「どこかでお会いしたことがありましたっけ?」

「そちらは初めてかも知れませんが、私の方はすでに会っているのです。」

ちょっとべらんめえっぽいなと感じながら、話を聞くと、何でも他の大学の受験会場で私を見かけたそうだが、試験開始まで他の受験生のように参考書を開くこともせず、チャックのついたカバーの本をひとしきり読んだ後、ずっと目をつむって何やら瞑想?をしている姿に強い印象を受けたらしい。

 

授業が終わると、学食に行くことにした。学食と言っても、今流行りのおしゃれなものとはまるで違う、「安い、早い、まずい」をモットーとする、まるで鶏の餌場のようなこれもコンクリート剥き出しの灰色の食堂である。食欲が旺盛な学生以外は、決して行こうとは思わないところだろう。

 

簡素な茶色の椅子に鞄を投げ出して、チケットを買いに行こうとすると、

「私(あっしぼく発音したが)はお弁当がありますんで。」と言う。

ちょっと好奇心に駆られて、黒の何の装飾もない鞄から取り出されたものを見ると、竹の皮に包まれたおにぎりだった。

『いつの時代だよ』と思ったが、それは口に出さずにしておいた。

本日のB定食という、食べ終わった直後には何を食べたか決して思い出せそうもないものをプラスチックのトレイに入れて戻ると、律儀に待っていた。

一瞬、食べる前のアレをしようかと思ったが、躊躇われて、ありきたりの話をしながら餌を書き込んだ。

Hも古風なおにぎりを食べ終わると、ご丁寧におにぎりに添えてある黄色いタクワンを、ポリポリと音を立てて齧った。

それも食べてしまうと、何やら手帳を出して万年筆で書きつけている。ちらっと覗くと、正の文字が延々と並んでいる。

「これは…?」

「あっし(もう完全にあっしになっていた)は高校時代も給食ではなくお弁当でしたが、母がせっせとおにぎりを作ってくれやした。それで、感謝の気持ちを忘れないために、手帳におにぎりの数を記録しているのです。」

Hとはそういうやつである。そして、ここはH大学文学部哲学科、別名、人間動物園である。