裏門からだと、いったん隣の中学校をぐるっと周ってから通りに出なければならない。
誰かに見つからないように、けれど素早くぼくは行動した。自分がこんな忍者のように俊敏な動きができることにちょっと驚いていた。
通りに出てしまうと、この時間は後は時折バスが通るぐらいで気をつけることはない。ぼくはちょっとほっと一息ついてから、また一目散に駆け出した。
病院の正門から右手の小道を通って、ぼくは小屋まで向かった。
この前、来た時と変わることはない。
戸のところに来ると、南京錠が開いているのに気がついた。
がたがた言わせて戸を引っ張ると、中から怯えた声で、
「誰?」
と聞こえた。
テーブル向こう右側に、黄色い半袖のワンピースを着た女の子がハンカチで顔の左を押さえて座っていた。
「うえっち…よね?」
「…うん」
ぼくは顔の左を見つめた。
「見ないで!」
そうして、はまっちはテーブルの上に顔を伏せた。
「どうしたの?」
ぼくは分かりきったことを聞かざるを得なかった。
「パパがね…」
そこまで言うと、肩を震わせて泣き始めた。
ぼくはどうしたらいいかわからなかったが、ただ引き寄せられるようにふらふらとはまっちの右に座ると、前にしてくれたようにぼくも背中に手を当てた。
はまっちは、ダムが洪水で決壊したように、嗚咽しながら泣き続けた。
ぼくは慰めになる何の言葉も言うこともできず、ただただ彼女のそばにいて、背中に手を置いていただけだった。
そのうち、はまっちは泣きつかれてしまったのか、顔を伏せたまま、寝息をたて始めた。ぼくは、小屋の棚に置いてあった家から前に持ってきた青い枕をテーブルとはまっちの顔の間に入れた。
そうして、眠るはまっちをしばらく見ていたが、ぼくも猛烈な眠気に襲われた。
腕を枕にすると、ぼくの意識も消えていった。
…
目が覚めると、やはり隣にはまっちがいた。
ただ、違うのは、隣で顔を伏せて寝ている女の子が明らかにはまっちとは違う、ロングヘア、黄色ではなくてブルーのワンピース、スラリとしているが女性らしい体つきをした女性だと言うことだ。
それなのに、なぜ、はまっちだと確信しているんだろう。
外からは、「ほーほーほー」という山鳩の声が聞こえる。
足の下には、木製の床を感じて、あたりを見回すと、ここはやっぱり小屋だった。
「うーん」、女性は急に起き上がって伸びをする。
そして、まつ毛が長い黒目がちの瞳でこちらを不思議そうに見つめるが、こくりと頷く。
「うえっちにしてはカッコよすぎるけど…うえっちなのよね」
ぼくは戸惑ったが、ふいにお返しのように言葉が出てしまう。
「はまっちにしては綺麗すぎるけど、はまっちなんだよね」
「アハハ、何言っているの」
はまっちはいつものように、ほんとに愉快そうに笑う。
「良かった、あれそう言えば、顔の左側をハンカチで押さえていたけど」
はまっちは右手で自分の顔に触れると、信じられないという表情を浮かべた。
「おかしいな、あんなに腫れていたのに治ってる」…