はまっちは隣のクラスに移された。
親は転校させるつもりだったらしいが、乙姫先生が説得してくれたということだった。
ぼくたちの小学校は新設校で2クラスしかなかったから、折に触れてはまっちの顔を見ることはあった、廊下ですれ違うとか、窓から体育の授業をしている彼女を見るとか…。
でも、話しかけることはできなかった。
いつのまにか、ぼくたちの噂は広がっていて、何でもぼくたちは不純異性交遊をしたことになっていて、とんでもない不良ということになっていた。
もちろん、そんな中でも乙姫先生は味方をしてくれたが、隣のクラスの岡田先生はどうだかわからない。ぼくの方が隣のクラスに行った方がよかったのかもしれない。
表立って何かということはなかったが、クラスの生徒はよそよそしくなった、ぼくが何かを言っても無視されることが多くなった。また、離れてぼくのことを見て、何かひそひそ話している女子たちもいた。
もちろん、高村君を始めとして少数の男子生徒は、依然と同じように変わらず接してくれた。特に、高村君はぼくをかばってくれていた。
『ぼくでもこうなんだから、知らないクラスに行ったはまっちはもっと苦しんでいるかも』と思うと、ぼくはいたたまれなかった。
彼女を見かけて、他の人に気づかれない僅かな時の間に目が合う時、ぼくは目の表情の中に彼女の言葉を読み取ろうとした。
また、はまっちと他の生徒たちの会話をたまたま聞くことがあると、耳を澄ました。
けれど、ほんとのところはどうなのかわからなかった。
冬になって、乾いた風が吹く晴れた日の掃除の時間、ぼくはひとりで校舎の裏にある飼育小屋の脇のゴミ捨て場に、ゴミの入った十個ぐらいのポリ袋を運んでいた。ひとつひとつがかなり重く、手伝ってくれる人はいなかったので、何回か往復するつもりだった。
2回目に行っている時に、ぼくの良く知っているまっすぐな背中が目の前にあった。
「はまっち」
ぼくは小さな声で呼びかけた。
「うえっち」
はまっちも振り返ると子犬の鳴き声のように言った。
ぼくはもう辺りに人がいるかも確かめず、思わず駆け寄って、はまっちの手をとった。指先がとても冷たかった。
「隣のクラスで大丈夫…なの?」
はまっちは一息呼吸をして言った。
「クラスはそれほどでもない」
「家は?」
「…」
はまっちの目から涙があふれた。何もできない自分が苦しかった。
でも、はまっちは涙を指で拭って、言った。
「うえっちは?」
「ぼくは大丈夫。家は厳しくなったけど」
はまっちも手を握り返した。
「何よりつらいのは…」
でもそれ以上言葉が出てこなかった、ぼくも出てこなかった。
ぼくたちはしばらく寒風の中、そのままにしていた。
「もう行かなくちゃ」
はまっちはそう言って走っていった。
ぼくはその背中を見えなくなるまでずっと見つめていた。