私はさらに驚いて息を呑んだ。
「藤堂さんが?」
私は、自分がもはやキリスト教も神も信じていないことを忘れて、思わずびっくりするぐらいの大きな声で聞き返した。
誰もいない店内に自分の声が響いていることにハッとした。
「そう、私が」
どうしてと言いかけて、そんな問いは何の意味もないことに気づいた。
おそらく、私が同じことを誰かに聞かれても、答えられないことだろう。
「そうなんだ」
私はそう言って、ストローで冷えたミルクティーをひとくち飲んだ。
「私の家族も、親戚も…」
そこまで言って、藤堂さんは瞼を閉じて下を俯く。
「全員、クリスチャンだったよね」
頭の中で言ったつもりなのに、声が出てしまっていた。
「そう…だから、私は…」
そこまで聞けばあとは言わなくてもわかる。信仰の切れ目は縁の切れ目なのだから。
「うん」
「だから、家を出たの」
藤堂さんは顔をあげ、私の方をじっと見つめて言葉を紡ぐ。
「そう」
「だから、智昭さんも離れたと聞いた時、そんなこと思ってしまっていいかわからなかったけど…何だか嬉しかったわ…同じなんだって」
そう言って、さらに痛いほどまっすぐ視線を私の瞳に投げかける。
「そうか、同じなんだ」
少しの間、忘れていた自分のことを思い出す。もう自分はキリスト教も神もイエスも信じていない、そして、自分だけではなく、ここにいる藤堂さんも同じなんだ。
「今は、まだ、はざまにいる感じがするけど」
何のはざまなのか聞かなくてもわかった。そうだ、クリスチャンと普通の人たちとの間のはざま…
「そうかもしれない」
「智昭さん」
私の呼び名が、神崎さんから智昭さんに変わっていることに気がついて、何だか呼吸が苦しい。
「だから、一緒に、はざまではなく、もうひとつの世界に行きませんか?」
「どういうこと?」
何となく、藤堂さんが言おうとしていることはわかった。それでも、確認せずにはいられない。
「一緒に、暮らさない?」
私は身体が震えるのを感じた。
「結婚するっていうこと?」
わかっているのにあえて聞き返していた。
「結婚するかはわからないわ、でも、今は、一緒に…」
「それって?」
キリスト教では、結婚してもいない男女が一緒に暮らすなんて罪以外の何ものでもない。
「そういうことよ」
藤堂さんは、一瞬、瞼を伏せた。濡れた長いまつ毛がライトに照らされてきらきらした。
「罪を犯すってこと?」
躊躇いを感じながらも、罪という言葉を口にするしかなかった。
「もう罪でも何でもないわ」