私は、嫉妬なんて大したことないと思っていた。
それで、嫉妬が来るならどんとこいなんてたかをくくっていた。
ところが、催眠の練習相手と話していて、お相手の方も、人に嫉妬されると体がまったく動けなくなると言う。
そう言えば、思い返せば、過去に、たびたび体が動けなくなることがあって、たぶん、心か体の調子が悪いからだろうと思い込んでいた。
さらに、詳しく思い出してみると、自分が良い状態になってこのまま全てが順調に進んでいくかと思われる時に、どーんと落ちて、体が動けなくなるということだったことを思い出した。
今、考えると、それは、誰かの嫉妬を浴びて、相手の嫉妬の発作に感電してどーんと急降下して動けなくなったのだと分かる。
さらに、今回のあることを通して分かったのは、嫉妬されて何かを言われたり、書かれたりしても、それは基本的に嫉妬された本人にしかわからないということだ。
本人以外の人が、言葉を聞いたり、読んだりしても、嫉妬だとわからないことがほとんどだということである。
表面上の言葉の意味の問題ではないのだ。ちょうど、同じ言葉を使ってもそこに共感が伴っている場合と伴っていない場合があるように、嫉妬も同じことで、同じ言葉を使ってもそこに嫉妬が込められている場合と込められていない場合がある。
言葉の意味の問題ではなく、脳のネットワークの問題である。