僕は、それから、自分でもわからないままに、四谷のI教会に足を運んだ。
ミサに出たのではない。
人のいない時間に行って、ただ長椅子に座っているだけだ。
けれど、毎回、毎回、赤ランプのところから力を感じる。
僕の心は決まっていた、あとはそれを実行に移すだけだ。
僕は、今度は自分から大橋さんに連絡した。
四谷の同じ喫茶店で会うことになった。同じく狭い店内で、大橋さんはブレンドコーヒー、僕はミルクティー。
綺麗な紅色にミルクピッチャーから白いミルクを注ぐと、右巻きに渦巻きができる。
僕は、白いミルクが渦が崩れる様子を見ながら、つぶやいた。
「カトリックになりたいんですが」
「えっ、今、なんて言ったの?」
「カトリックになりたいと言ったんですが」
「うーん」
大橋さんは腕組みをして、次の言葉を発しない。
そうして、永遠にも思われる時間が過ぎた。
「悪いこと言わないから、よした方がいい」
「どうしてですか?」
「自分がカトリックなのにそういうのも変な話だが、カトリックは死にかけた教会だからだ」
「死にかけた教会?」
「そう、同じことの繰り返し。何の力も感じられない。だから、私と妻はトロントに力を求めに行った。そこに、君がわざわざ来るなんて」
「でも、僕はホスチアから力を感じたんです」
「そこだよ、私には到底、信じられない」
その後も、大橋さんとの間で押し問答が続いた。けれど、最終的には大橋さんが折れた。
「わかった、主任神父に紹介するよ」
「ありがとうございます」
喫茶店を出て、I教会の脇の事務所みたいなところに行った。
大橋さんに待つように言われて、僕は合成皮革の椅子に座って待っていた。
しばらくすると、白髪で黒いスータンを身につけたK神父が大橋さんと一緒に現れた。
僕は神父というものに会うものは初めてだから、ちょっと戸惑った。
それを察したのか、大橋さんが神父に言った。
「佐藤君は、カトリックに改宗したいと言っているんです」
「改宗するには、まず半年間の講座に出なくちゃならないけど、今、時期が半端でどの講座も始まっているからね」
神父は、流暢な、けれど外国語訛りが残る日本語で言う。
「どうしましょうか?」
神父は、何か思いついたように、右手で拳を作って左手のひらを叩く。
「そうですね、あなたがこの人に教えるといいですよ」
大橋さんは、一瞬、困ったような顔をしたが、結局、言った。
「わかりました」
それから、半年間、僕は教会の一室で、毎日曜日、ミサの後、カトリック教会のカテキスム(教理問答書)を教わることになった。