さっそく、次の日曜日、僕は神楽坂さんと佐伯さんと、かわるがわるイエスセットを使った催眠喚起を練習してみた。
まず、神楽坂さんと佐伯さんに、僕が実演してみた。それから、神楽坂さんが佐伯さんに、佐伯さんが僕に…という具合にやっていく。
神楽坂さんも佐伯さんも、僕の説明と実演だけで、こともなげにできてしまう。
「『初めに言葉があった』と言われているが、面白いね。こんな言葉だけで催眠に入ることができるとは」
神楽坂さんは、とても愉快そうに言う。
「私もびっくりです。催眠をかけられていい気持ちになるのはもちろんですけど、自分が人を催眠に入れられるなんて思いもしませんでした」
佐伯さんは、最初は何だかお付き合い程度にやっていたはずなのに、何だか急に興味を示してきたようだ。
そんなふうに、催眠をお互いに練習していくと、お互いの間にあった透明で薄いけれども、乗り越えられない壁のようなものが、知らないうちに消え去っている気がした。
「上地君、なんだかおもしろいね。催眠やっていたら、頭がクリアになって、心もスッキリしてきたような気がする」
「そうだなあ、ここ最近で、佐伯さんの顔がまた、何だか変わってきたみたいだ」
「ええっ、どんなふうに?」
「ちょっと前は、風にたなびく白い花のようだったけど、今は…」
「今は、何?」
「大地にしっかり根を張る若木のような感じ」
「そうかあ、白い花はそれはそれでうれしいけど、根を張る若木かあ、なんかじわじわくるなあ」
こんなにナチュラルに、佐伯さんと話せたのは久しぶりな気がする。いや、もしかしたら初めてなのかもしれない。
「上地君も何だか変わってきているよ」
「自分じゃ、イマイチ、わからないけど」
「前は、雨に濡れて震える子犬のようだったけれど…」
「ええっ、それはあんまりだ」
佐伯さんも僕も声に出して笑った。
「今じゃ、若い雄ライオン」
「雄ライオン、それはほめすぎじゃないの?」
「まあ、確かに落差がかなりあるのは事実ね」
何だか、そんな会話を交わしているうちに、僕は佐伯さんと本当に友達になれた気がした、距離が近すぎる依存ではなく、距離が遠すぎる無関心でもなく、お互いがお互いでいられるちょうど良い心地よい距離。
『心よ、これも催眠のおかげ?』
『そうだよ、催眠というのは、私に出会うことだからね』
『心よ、それってどういう意味?』
『私と出会うものは、自分の中に宝石の原石を見つけて、王冠にはめて、変わっていくんだ』
心の言っていることは頭ではよくわからないが、腹では腑に落ちるような気がした。
見上げると、秋空の青さが目に染み透るようだ。