「あなたが呼吸をするたびに、トランスの中にますます深く入り、
心臓が脈を打つたびに、未来へと時間を早送りすることができるかもしれません。
そうして、時計の針が右向きに回転していって、今は5年後の自分を見ることもあるでしょう。
口を開いて話すこともできます。
うえっち、5年後の自分はどんな状況ですか?」
僕の心のどこかしらか、5年後の自分が浮かんで来た。
「…書斎で革張りの椅子に座って、パソコンのキーボードを打って、何かを書いているようです」
「5年後の自分はどんな姿や表情をしていますか?」
「薄青のオックスフォードシャツに、黒いジーンズを身につけて、とてもリラックスしています。顔を見ると、何だか自信に溢れているように見えます」
「どんな音が聞こえますか?」
「パソコンのキーボードを叩くリズミカルな音、外からチチチと鳴く鳥の声が聞こえます」
「体のどこかに感じている感触はあるでしょうか?」
「みぞおちのところに、静かにふつふつと湧き上がるものを感じています」
「5年後のあなたのところに行って、声をかけることはできますか?」
「はい」
「声をかけて、何をしているのか聞いてみてください。わかったら、私に教えてください」
「はい」
僕は、5年後の僕に挨拶して、何をしているのか教えてもらった。
「今、ある文学賞のために小説を書いていると言っています」
「小説を書くことは、5年後の自分にとってどういう意味があるか、聞いてみてください」
僕は、彼に聞いてみた。小説を書いている時は真剣な顔だったが、話す時はとても親しみやすい、22歳の若者らしい感じだ。
「小説の執筆は、自分にとっては何よりも楽しい、生きることそのものだと言っています。そう言いながら、微笑んでいます」
「どんな小説を書いているのか、聞くことはできるでしょうか?」
僕は聞いてみた。彼は、話す前に、机の上に置いてある磁器の茶碗のお茶を一口、口にした。
「自分と妻の出会いと、成長を小説に書いていると言っています」
「そっ、そうですか」
「5年後の自分から、今の自分に言いたいことがあるか、尋ねてみてください」
彼は、小さくもなく大きくもない声で、僕に言葉を与えてくれた。
「毎日、無意識に聞いて、ひとつずつピースを当てはめていけば、今はわからなくても、やがてそれは君の心を表す一枚の絵になっていくだろう、と言っています」
「それでは、別れを5年後の自分に告げることができますか?」
僕は、彼に別れを告げた。
『君は、いつでも僕に会いに来るといい。僕も君に物語の中で会っているのだから。今、目の前にいる人との関係を大切に、急ぐことなく、色とりどりの糸を紡ぐといいかもしれない』
「それでは、覚醒状態に戻ってきまーす」
ひとーつ、ふたーつ、みっつで、僕は目を覚ました。
彼の最後の言葉を、はまっちに言おうと一瞬、思ったが、僕は黙っていた。