A1
単に学生会館の一室でプラトンを読むだけの会、プラトンアカデミアを構成するもうひとりのメンバーであるMについては、どこでどう出会ったのかよく思い出せない。
確か、愛知県のT市出身で、ひょろっとしていてメガネをかけていてよく笑っている姿が目に浮かぶが、その笑いにはいつもどちらかというとシニカルなものが混じっていた。
気がつくと、いつもMと一緒にいた気がする。
私たちは、大学の1年生からフランス語を外国語にとるという蛮勇をふるった。そして、一年でまだ文法も終えていないうちに、ロランバルトの「零度のエクリチュール」を購読する授業に出た。ただし、Mはアテネフランセにせっせと通い、瞬く間にフランス語を上達していったが、私はフランス語で単位を落とすほどだった。
ある日のこと、大学の側のお堀端の小道を2人で歩いていた時、外国人が話しかけてきた。
“How can I go to the station?"
総じて語学下手の私は赤面して逃げ出したくなったが、Mは涼しい顔で何やら言った。
“Oh, I can't understand French.'
そのアメリカ人?は悲しそうに去って行った。
Mが笑みを口元に浮かべながら満足気な顔でその後ろ姿を眺めていたことを思い出す。
MはMでそんな奴だったのだ。