A2
洋服を買いに行くことともうひとつ、なかなか克服できなかったものは、髪を切りに理髪店に行くことだった。
「そんなに髪が伸びると、近所の人は乞食が家に住んでいると思われるから早く床屋に行ってちょうだい。」
それでも行くことを拒んでいると、母はいろいろ脅迫し始め、果てはキレ始める。
私は奴隷のように理髪店に行ったものだった。
ところが、理髪店自体も地獄だった。というのはタオルを首に巻かれるからだ。だんだん呼吸が苦しくなってくる。
さらには、散髪代としてもらってズボンのポケットに入れてあるお金がちゃんとあるかどうか心配になって確かめる。と言ってもズボンの上から触って確かめるので、そこにあるという保証はない。
『どこか途中で落としてしまったのではないだろうか』と妄想が噴き出てきて、いてもたってもいられなくなる。
『お金を落として払えなかったら、店のおじさんは僕に何を言うだろうか』という思いがさらに追い打ちをかけてきて、とめどなく冷や汗が流れる。
『一刻も早く、この地獄から逃れたい』
「汗をいっぱい出てるね。冷房つけようね。」
本当は寒いのだということが言えない。
身体もだんだん震えてくる。
最も苦手な顔剃りのところになると、さらに妄想が膨らみ、おじさんのカミソリが間違って肌を抉るのではないかと死刑台にいるような気持ちになる。
私はついに失神してしまった。
馴染みのおじさんと奥さんは大慌てで、私を介抱してくれた。
「どうしてこんなに遅くなったの?」
もちろん、本当のことは言えない。
「かっこ悪い頭だね。ちゃんとおじさんに頭の上はすかないでと言ったの?」
そんなことは言えるはずがない。
家に帰ってももうひとつの地獄が待っていた。理髪店に行ったばかりの私の髪型について、母は延々といちゃもんをつけ始める。
それを聞いているうちに、まだ小学生だった私はだんだん意識が遠のき、ただただ『泡のようにこの世から早く消えてしまいたい』と思うばかりだった。