A B C1
『自分はなぜクリスチャンであることを恥じているのだろうか…そうか』
そう思った途端、今度は右手の小指が痛み出した。
「顔をしかめているね。あの小指が痛むのかい」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「君のことなら大体わかる」
どうしてと言いかけたが、言っても意味がないような気がしてやめた。
男はちょっと微笑んでいた。
「最近、母親との関係はどうだい?」
答えるのが躊躇われたが、答えても答えなくてもこの男は知っているのだという気がして、えーいままよ、答えた。
「一時は良くなったけど、今は良くない。また戦争状態」
またガラス片が入り込んだ小指が疼く。
男は何も言わずにただ私を見つめていた。
「母親の前にいると、自分が自分でいられない。ちょっと調子が良くて、『これならもう大丈夫』と思っても、爆弾を投げ込んでくる。初めはやり過ごしていても、ついには怒りを爆発させてしまう」
「家を出ることは考えたことはないの」
「もちろんあるさ。でも大学の学費を自分で払えるかわからないし、聖書には『父と母を敬え』とあるし、無理のような気がする」
「いろいろなものにがんじがらめになっている気がしているのかもしれないね」
なんで、こんな持って回ったような言い方をするのだろうと思ったが、悪い気もしない。
「いろいろなものに縛られている気がする、それは確かかも。でも、そのうち、神が…」
私はなぜか、ちょっと咳き込んだ、なぜだろう。
「神が…?」
「神が、自分を自由にしてくれると信じてやってきた。だから、いつかそのうち…」
「すると、未来はわからないけれど、現状では母親との関係は良くなっていないし、いろいろなものに縛られているという気はしているんだね」
「そう…だね」
「ところで、君の心はなんて言っていると思う?」
『心?この男は、何で急に心なんて言うんだろう』
「言っている意味がわからないけど」
「自分の心のことだよ。自分の心は今の状態について何と言っていると思う?」
「いや、わからない」
「自分の心のことなのに、わからないなんて不思議なことじゃないか」
何だか、胸騒ぎがしてたまらなかった。目の前にいるこの男がかなり怪しげな人物に思えた。
『オカルト?それとも何かの宗教?』
「そうだね、自分の心のことなのに本人にわからないとは確かに変だとも言えるね」
内側のざわざわとは裏腹に、私はいたって平静に聞こえるよう答えた。
「じゃあ、『心に聞く』ということを一緒にやってみないか?」
…