A B C1
『心に聞く』?、気乗りはしなかったが、このぐるぐるから抜け出せるキッカケぐらいは与えてもらえるかもしれないと思ってやってみることにした。
「じゃあ、同じ言葉を繰り返してくれるかな。『心よ、私とあなたの間に邪魔はありますか?』」
いきなり、『邪魔』ってなんだと思ったけれども、後の祭り。私の口は動いていた。
「心よ、私とあなたの間に邪魔はありますか?」
シーン、当然のごとく返事はない。
「返事はないけれど」
「そうか、それだったら、『私とあなたの間を邪魔しているのは誰ですか』と聞いてみて。それで頭で誰か浮かぶか試してみて』
男は当然のように言う。
「私とあなたの間を邪魔しているのは誰ですか」
「『心よ』というタグをつけるのを忘れないで」
「心よ、私とあなたの間を邪魔しているのは誰ですか」
答えはない、答えはないが、母親の姿が浮かんだ。
「何か浮かんだ?」
「母親」
「そう、そうしたら『心よ、母親の邪魔を排除して。排除したら教えて』と言ってみて」
「心よ、母親の邪魔を排除して、排除したら教えて」
言ってみたが、特に答えはない。
「言ってみたけど、特に何もないよ」
「最初はそんなもんだよ。繰り返し、これをやってみて」
男は微笑みながら言った。本当に、こんなことに意味があるのだろうか。でも、出口のない迷路にいる自分にはこんなことでもやってみるしかない…か。
気がつくと、男はいなかった。相変わらず、同じ部屋の様子だった。うたた寝をして夢を見たのか、白昼夢だったのか。
とにかく、男に言われた通り、『心に聞く』をしつこいぐらい繰り返した。
その夜、今度は布団で眠った。夢を見た。
母が私の上にのしかかって、鬼子母神のような形相で首を絞めていた。
私は、怖くなって、神に祈る代わりに、「心よ、母親の邪魔を排除して」と叫んだ。自分の声で目が覚めた。
その瞬間、「排除したよ」という落ち着いた優しい声が聞こえた。