花壇の縁に並んで座って、カバンに忍ばせておいたサンドウィッチをほおばってからぼくたちはお化け屋敷に入った。
とても昔風のお化け屋敷で、足を踏み入れると床がぐにゃっと柔らかく沈み込むようで空気はひんやり冷たい、それからからかさとかろくろ首とか塗り壁とかお岩さんとか…ぼくは昔、父親と映画館で見た「妖怪大戦争」という映画を思い出した。
怖くない、まったく怖くないが、少しははまっちが怖がってくれるのを期待した。けれど、はまっちは打って変わって、何の感情も露わにしなかった。何だか、しらけているようにも見えた。
出口付近に来ると、またもや床が沈み込むような感覚、その歩きにくいところを歩いていると、はまっちがぼそっと言った。
「わたし、怖いという感情がないの」
ぼくは黙っていた。
次に、建物全体がピエロのような顔になっているミラーハウスに行った。ぼくが小さい頃、どんなに両親にせがんでも「つまらないに決まってる」と言われて入ったことがなかったアトラクションだ。
大きな口のようになっている入り口を入ると、上も下も右も左もただ鏡、鏡、鏡…、しかもその鏡の屈折率が一枚一枚違うのか、それぞれ大きく映ったり小さく映ったり歪んで映ったりする。無数のいろいろなぼくたちがぼくたちを取り囲んでいる。
「怖い…」
『怖いという感情がないはずじゃないの』というツッコミを心の中で入れてみたが、何となくぼくもわかる。無数のいろいろな自分が自分を見ている感じは、その中に自分が囚われているようで背筋が冷たくなった。
ぼくたちは動けなくなって、ミラーハウスの中にしばらく佇んでいたが、そのうち別のお客さんが入ってくるのに気づくと、そそくさと出て行った。
「大丈夫?」
陽の光の下で見ると、はまっちの顔色は思った以上に青白かった。
「うん…観覧車に行こう、うえっち」
急に名前で呼ばれたので、ぼくはびっくりした。
観覧車の乗り場は5階だった。人気なのか、カップルやら子供連れやら人がごった返している。ぼくたちも列に並んだ。
はまっちの顔はだんだん赤みがさしてきて、少しほっとした。
10分ぐらい待ったところで、ぼくたちの番が来た。
ゴンドラは赤青黄緑と種類があったが、ぼくたちの前に止まったのは緑色のゴンドラだった。係の人に指示されて、はまっちが最初に乗り込み、ぼくが次に乗り込んだ。乗り込む時、係員がぼくの上履きをチラッと見ているような気がした。
向かい合わせに座ると、ゴンドラはゆっくりとだんだんに回って高さを上げていく、それに従って見える景色も変わっていく。
はまっちがふとつぶやく、
「ゴンドラが頂点に達すると、カップルってキスをするのよね」
…