二人は、今や、ぼくたちの後ろに立っていた。はまっちの後ろに女の人、ぼくの後ろに男の人。二人とも二十代に見えた。女の人は髪をセミロングにして白いブラウスに紺のスカート、男の人はメガネをかけていたが、黒いスラックスに白いシャツ、二人とも会社で働いている人のような格好だった。
『あなたたちは誰?』と言いたかったが、声が出なかった。はまっちも同じだったのかも知れない、ぼくの方を見て口だけパクパクした。
男の人が言った、
「君たちはそれぞれの人生を歩むことになる。いろいろあるだろうけど、大丈夫。無意識が共にいてくれる。私たちも見守っているよ」
『無意識?どういうこと?』
女の人が言った、
「この後、悲しいこと苦しいこと痛いこともあるけれど、それらを通ってあなたたちは幸せに導かれて、自分の力で生きるようになるわ」
ぼくは彼らの表情を読み取ろうとしたが、窓からさしてくる眩しい光で(あれっ、もう日が暮れていたんじゃなかったけ)、表情が読み取れなかった。
男の人と女の人が声を揃えて言った(二人の声はハーモニーのように揃っていた、この二人は恋人、夫婦、それとも天使?)、
「二人とも、両手を出して」
ぼくたちは両手を出した。
「そうしたら、左手に今の自分をイメージして、ボールのようにまとめて載せて、悲しみも苦しみも痛みもそこに」
ぼくは母の表情が思い浮かんだ…
「そうして、右手になりたいと思う自分をイメージして、同じようにボールのようにまとめて」
ぼくは具体的なイメージがわかなかったので、真っ青な空を思い浮かべてそこに載せた。
「そうしたら、その二つのボールを胸の前で一つに合わせてみて」
ぼくもはまっちも両手を前に持って行って、手をお祈りの手のように合わせた。
左の真っ黒なボールと右の薔薇色のボールが一つになると、そこに虹色に輝くボールが見えた。
ちらっと、はまっちの方を見ると、はまっちの胸の前には、秋の晴れ渡った空のような青色のボールが出現していた。
「これが私たちのプレゼント、そうしたら、そのボールを胸の真ん中に入れてみて」
ぼくもはまっちもそれぞれのボールを胸の真ん中にそっと押し入れた、虹色のボールはぼくの胸の中に、青色のボールははまっちの胸の中に消えた。
特に何かが変わったような気がしたわけではなかったが、何だか重心が下に下がったような、自分が地面にしっかり根を張ったブナの木になったような気がした。
「じゃあ、またね。また、来るから」
男の人も女の人もほがらかに笑い、女の人はぼくと、男の人ははまっちとハイタッチをした。
…
気がつくと、朝だった。ぼくたちは並んでテーブルに伏せていた。ぼくたちの方には二人で一枚の毛布がかけられていた。テーブルには食べかけの弁当がフタが閉じられて置かれていた。