ケーキは生クリームが塗られている白いケーキで、チョコレートで『うえっちにしあわせあれ』と書いてあった。
「なんだろう、しあわせあれって?」
はまっちは自分を指差して言った。
「わかるでしょ?わたしよ、わたし」
「名前?」
「えっ、そういう意味?」
「そういう意味よ」
「ぐいぐい押してくるね」
「うん、そういうタイプだから」
「でも、うれしいよ」
はまっちはろうそくを7本立てて、ライターで火をつけた。そしてカーテンを閉め、明かりを消した。
「さあ、願いを言ってから、吹き消して」
「前もこれやったよね」
「願いは何度やってもいいのよ」
…
「幸せと共にいつまでも」
7本のろうそくを一気に吹き消した。薄明かりの中で、はまっちはつぶやいた。
「生まれて初めて、この名前でよかったと思えたわ」
「そういう名前のはまっちでよかったよ」
「ほんと?」
「ほんとだよ、幸せが一緒にいてくれるなんて最高だよ」
「そっか…いつも、『名前は幸子なのに、まるで不幸の源だな』なんて言葉を聞かされてきたから…すごくうれしい」
ぼくは、どうしていいかわからず、はまっちをハグしたい衝動に駆られたが、ためらわれて代わりに言った。
「不幸の源なんてそんなことない、絶対にない!」
「ありがとう」
「幸子は幸福の源だよ」
いきなり幸子なんて呼び捨てにした自分に驚いたが、不思議に恥ずかしさはなかった。
はまっちがどう思ったかはわからない、しばらくの間、うつむいて動かなかった。
それから立ってカーテンを開けて、明かりをつけた。
「さあ、ケーキを食べよう。中にカスタードクリーム入っているの。うえっちが好きだと聞いたから。ケーキにカスタードって合うかなって思ったんだけど、うえっちの好みだから」
はまっちは小さなケーキを切り分け、ちょっと大きい方を取り皿に分けて、ぼくの前に置いた。
なんかいろいろな思いで胸がいっぱいだったが、ぼくはフォークですくって口にした。
「おいしいよ、はまっち」
「かたちは不恰好だけどね」
「なんだかはまっちの味がする」
「きゃあ、おまわりさん、やばい人がここにいますよ」
いつものはまっちだった、少なくとも表面上は。
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味?」
「えーと」
「うそ、うそ」
「うえっち、からかうとおもしろい、一家に一台うえっちね」
ぼくたちは、その後、トランプをしたり人生ゲームをしたりしてはしゃいだ。
そうして、台所ではまっちと一緒に片付け物をほんとに念入りにして証拠隠滅をした。
はまっちはエプロン姿で玄関に出てきた。
「またね、うえっち」
「ありがとう、はまっち」
ぼくは忍び足で玄関を出ていった、はまっちを寒々としたあの家に残していくことに何だか耐えきれないことのように感じながら。