それから、僕たちは和菓子を食べ、冷めかけたお茶を飲んだ。
今までのこと、これからのことを、僕たちは話し続けた。
「ちょっと待っていて、智彦」
僕だけでなく、幸子も僕のことを名前で呼ぶようになっていた。
少し寂しい気もしたが、大人になったことと僕たちが特別な関係になったことを表している、そう感じられて、胸の奥が熱くなった。
幸子は、キッチンで何やら準備しているようだった。
戻ってくると、今度は、トレイの上に、2枚のお皿が載せられていて、お皿の上にはいろとりどりの具材、桜でんぶや錦糸卵、筍、椎茸、サヤエンドウ、高野豆腐を煮付けたものなどがのったちらし寿司が盛られていた。それと共に、お吸い物もあった。
「七夕にちらし寿司がふさわしいかはわからないけれど、つくってみたの」
「何だか、とてもうれしいよ、幸子」
幸子はまだ慣れないのか、あるいは新しい僕たちの関係に慣れていないのか、その呼び方をするたびに、頬を赤らめる。
僕たちが、ちらし寿司に取り掛かり、食べ終わると、外はすっかり暗くなっていた。
幸子は、部屋の隅に置いてあったビニール袋をおずおずと持ってきた。
「これなんだけど…いい?」
「何かな?」
僕が軽く縛ってある袋を開くと、その中には、花火セットが入っていた。
僕の記憶はすかさずあの場面に飛んでいった、僕たちが逃避行の終わりに、江ノ島の浜辺で花火をしたこと場面に。
「あの時、私が言った言葉をまだ覚えてる?」
「覚えてるさ」
「『これから始まるひとりひとりの旅の目的地でまた会えますように』って言ったんだよね」
僕たちは、アパートの部屋を出て、離れたところにある空き地に、花火セットとマッチと水の入ったバケツを持って行った。僕の右手と幸子の左手はしっかりつながれていた。
「私たちの、うえっちとはまっちを見送ってあげない?」
「いいよ」
僕は、幸子の言葉の意味が心にすーと染み込むような気がした。
「今一度、最後のうえっちとはまっちで」
「わかった、最後のはまっちとうえっちで」
それから、僕たちは、花火に火をつけ、子どもに戻ったかのように大はしゃぎした。
花火を両手に持って振り回し、大笑いをした。
最後は、お決まりの線香花火に火をつけて、どちらの火が早く落ちるか競争をした。
僕たちはふたりっきりだったが、もうふたりいるような気がしてならなかった。
「はまっちとうえっちは、とうとう出会うことができたんだね」
「そうね、ほんとに、ほんとによかった」
そう言った瞬間、僕たちのうちのふたりがすっと立ち上がり、男の子と女の子が手を振ってさよならをするのが見えた。
「さようなら、うえっち」
「さようなら、はまっち」
男の子と女の子は微笑んでいるようだった。ふたりはしっかり手をつないで、向こうの方へ、あの懐かしくてたまらない、長テーブルとモスグリーンのソファと薬品の置いてある棚のあるあの小屋の方へと歩いて消えていった。
濃紺の空には、天の川が大河のように流れていた。