家に帰ると、ぼくの誕生日だというのに、母と父は声をあげて喧嘩をしていた。どうやら、父のやっていた事業がもうだめらしい。
『まあ、いつものことだよな』とぼくは心の中でクールにつぶやいてみた。すると何だか、ちょとした動揺が嘘のように消えてなくなっていった。
喧嘩に集中していてぼくのことを目に入らない二人の脇を透明人間のように通り過ぎて、ぼくは階段を猫のように昇り、2階にある自分の部屋に入り、ドアを閉めた。
そう言えば、はまっちの家からの帰り際、何かピンクの封筒をもらったんだっけ。もしかして、これもと思いながら、封を開けた。
中から、手紙と青色のミサンガが入っていた。
「うえっち、お誕生日プレゼントに何がいいかと思いましたが、このミサンガを見よう見まねで作ってみました。
うえっち、まだまだ楽しみは終わらないよ。
明日、学校が終わったら、3時30分に〇〇園の入り口に来て」
…
〇〇園というのは、ぼくの家のそばにあるハンセン病の療養者の施設だ。そこにはまっちが誘うとはどういうことなんだろう。
次の日、なんということもなく、学校が終わると、ぼくはいったん家にカバンを置いてから〇〇園の入り口に向かった。
一度、高村君とこの中をさまよったことがある。中にはいろいろな施設があって、お店もあった気がする。ここもまた周りは木々に囲まれていた。
入り口の門のところに行くと、ポニーテールにして、Gジャン、Tシャツ、デニムのスカートの女の子が立っていた。
「うえっち!」
ぼくを見るなりハイタッチしてきた。なんだか、いつもより元気そうだ。
「その格好は寒くないの?」
「うん、何だかね」
ぼくは自分のPコートを脱いで、はまっちに着せた。
「ありがとう、うえっちは大丈夫?」
「うん、鍛えてるから」
「そんな体型なのに?」
「こんな体型だから、鍛えているんだよ」
「そっか、お疲れ様」
はまっちは笑った。
「ところで、この中に行くの?」
「そうよ、おばあちゃんがいるから」
「おばあちゃん⁉︎ おばあちゃんってはまっちのおばあちゃん?」
「ううん、でもやさしいおばあちゃんよ」
はまっちはぼくの手首を掴み、ぐいぐいとひっぱり、ぼくは中へと歩いて行った。
時折、人に出会った、老人ばかりだったが、ぼくたちを見ると、向こうから「こんにちは」と挨拶してきた。ぼくたちも挨拶を返した。
まっすぐの道を右に曲がり、どれも同じような形をした平家が立ち並ぶ中へ入って行った。そして、一軒の家の玄関の前に着くと、はまっちは言った。
「ここよ」