無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 27〜電車の中で

西武新宿駅で降りて、ガードをくぐり、横断歩道を渡って小田急新宿駅に向かう。多くのビジネスマンやOLの人混みの中にまみれて、ぼくたちはほっと息をつくことができた。

「かえって、人混みの中にいた方が安心できるね」

「誰もわたしたちのことを注目する人なんていないもの」

はまっちの声にちょっと元気がないと思えたのは気のせいだろうか。

小田急新宿駅で、ぼくたちは急行片瀬江ノ島行きに乗った。この曜日、この時間に下りの電車に乗る人は少なかった。ここまで来るとぼくたちを知っている誰かに会う可能性はほとんどなかった。

左側の席に並んで座った。はまっちはため息をついていたが、しばらくするとすーすーと息をたてて眠り始めた。そのうち、体が傾いてぼくの肩に頭をあずけた。

ここのところ、はまっち自身はその前から、テーブルで伏せて眠っていたから疲れているのだろう。ぼくも同じだった。ぼくも知らないうちに眠りに落ちていった。

短い眠りの間、ぼくは夢を見た。平凡な夢だった。

ぼくはかたえくぼの笑顔が似合うセミロングの女性と暮らしていて、ハチミツバタートーストにサラダ、目玉焼きに紅茶といった朝食を囲みながらまぶしい朝の光に包まれてただ冗談を言って笑い合っている。

途中で、あくびをしたら彼女にもあくびがうつって、「私にあくびうつさないでよね」とちょっと頬をふくらまして言ってくる、そんなたわいもない夢…

急に肩を揺すられて起こされた。

「うえっち、見て」

寝ぼけ眼で、左側の窓を見ると、青くて広い空に住宅街。ぼくたちが住んでいる町とは違って、ちょっと大きめの一軒家が家同士、ゆとりを持って建てられている。そうして、何だか、空も明るく、太陽の光もずっとまっすぐに落ちてくるような気がする。

「わたしが生まれた町」

何だか、声にハリが戻って元気が出たようだ。

「まぶしいな。こんなところで生まれたんだ、はまっちは」

はまっちは立ち上がって窓を少し開けた、海は見えないのに、風に潮の香りが感じられる。乗っている人も、はまっちと同じように浅黒い。

「もうすぐ着くわ。最初にえのすいに行きましょう」

「楽しみだな」

「何が見たいの?」

「エイとクラゲとイルカ」

「何となくうえっちらしい」

「どういう意味だよ」

「そういう意味よ」

ぼくも心の中に吹き込んできた潮風のせいか、太陽の匂いのせいか、はまっちの笑顔のせいか、心模様が変わってきたようだ。「明日は明日の風が吹く」、はまっちが言っていた言葉が心の中で響き出した。