「えっ」
また、いつものからかい半分の冗談かと思ったが、はまっちの顔は何だか真剣に見えた。
「ぼくたち、小5だよ」
「わかってるわ、それでも…」
ゴンドラはどんどん上の方に上がっていく。ぼくは息を飲んではまっちの次の言葉を待った。
「わたしがきれいなうちに…」
『どういう意味?』と聞きたかった。けれど、聞いてはいけない気がした。
ゴンドラはガラスの窓がぐるりとついていて、他のゴンドラから丸見えだった。ここでそんなことをしたらみんなに見られてしまう。
「こんなこと、うえっちにしか頼めない…いいえ、うえっちじゃないとだめなの。うえっちは私が…」
言葉の後半は、声が震えてかすれて聞こえなかった。
「うん、わかった」
何がわかったのか、何がわからないのか、自分でもわからない。でも今まで生きてきた限りの勇気と力を振り絞った。
もう、ゴンドラは頂点に達する、ぼくたちより上にあるゴンドラで幸せそうなカップルがキスしているのが見えた。また、もうひとつ先のゴンドラで夫婦と男の子と女の子が楽しそうに笑い合っているのが見えた。ぼくたちは彼らとは違う…
心臓が早鐘のように打って今にも破れそうだった。母親がぼくを罵る声が心に聞こえた。ぼくはその声を振り払って、顔をはまっちに近づけた。
そして、アメリカの子供がするようなキスを、それでも本物のキスをはまっちにした。
…
はまっちは肩を震わせていた。涙が頬に流れた。
その涙がどんな涙なのか、ぼくにはわからない。
「ありがと…これで…これで」
ぼくは何も言えなかった、顔を直視できなかった。むくれたような表情しかできなかった。
ゴンドラが頂点を過ぎて、降り始めた。
「ごめんね、うえっち。無理させて」
ぼくは何だか心が急に破裂したように感じた。
「無理じゃない、はまっちのことが好きだから」
自分でも驚くぐらいの大声で言っていた。
はまっちは目を大きく見開いて、ぼくを見た。
「私もうえっちがそう、好き」
そして、また今度は激しく泣き出した。
どうしてかわからない、言葉では表せない、けれどぼくも涙が次から次へと溢れて止まらなくなった。
もうすぐ、この観覧車の終点が来てしまう。
ぼくは、もう普通の小5ではない気がした。いや、最初からぼくたちは普通の小5ではなかったのかもしれない。
緑色のゴンドラを降りる時、ぼくたちは無言だった。
けれど、はまっちは急に振り返って懐かしそうにゴンドラを見てひとりごとのようにつぶやいた、
「ファーストラヴ、ファーストキス」