左側の赤ちゃんは青い服、右側の赤ちゃんは緑色の服を着ていた。
そうして、ふたりの赤ちゃんは力いっぱい泣いていた。誰かを求めているようだった。
「ママを探しているのかしら?」
「でも、母親はどこにもいないようだよ」
「抱き上げていい子してあげないと」
「えっ、ぼくたちが」
「他に誰がいるの?」
「それはそうだけど」
「ほら、未来の予行演習」
そう言えば、はまっちはこういうことを平気で言う女の子だったなと思っていると、はまっちは左側の赤ちゃんの頭と首の間のあたりに右手を入れ、左手でおしりを支え、胸元に引き寄せるように抱き上げた。
「うまいもんだな」
「さあ、パパも早く」
はまっちはいたずらっぽく笑って、舌まで出してみせた。
「よせよ」
ぼくも観念して、右側の赤ちゃんをそっと抱き上げた。赤ちゃんの体はぐにゃぐにゃと柔らかく、なかなかうまくいかなかったが、最後には、はまっちがぼくの手を持って教えてくれて、抱き上げることができた。
そうして、軽く揺らしていると、いつのまにか泣きやんだ。さらに、時々、笑った。
「わたしたちもこんな時があったのかしら」
「今はずいぶんひねくれちゃったからね」
「ママはよくお前を橋の下で拾ったなんて言うわ」
「うちもそうだよ、お前は捨て子だったんだとか」
「でも、どこから来たにせよ、こんなにかわいいのね」
「そうだな」
「どっちが男の子で、どっちが女の子かしら?」
「はまっちが抱いている方が女の子で、ぼくが抱いている方が男の子だと思うよ」
「どうして?」
「だって、ちょっと浅黒いもの」
「ばか」
はまっちはまた頬を膨らませて、怒ったふりをした。
「かわいいなあ、はまっち」
「知らない」
…
そのうち、ふたりの赤ちゃんはまたぐずり出した。
「おなかが空いているのかしら、それともオムツが濡れているのかしら?」
「ミルクもおむつもこんなところにはないし」
そう思って辺りを見回すと、右側の棚の右脇に、紙オムツが置いてあった。
「試しにオムツ交換してみるわ」
「えっ」
ぼくがびっくりしているうちに、テーブルにゆりかごの中の布団を敷き、赤ちゃんを寝かせ、新しいオムツを下に敷き、古いオムツを開き、おしりをオムツと一緒に置いてあった濡れティッシュで拭き、手際よくオムツを交換した。
「兄弟いたっけ、はまっち?」
「いないわ、ただ親戚の子のオムツを交換したことがあっただけ」
「へー、すごいな。今すぐ、お母さんになれそうだな」
「そういうこと言わない。はい、今度はあなたの番よ」
はまっちはちょっと顔を赤らめて言った。
「えっ、ぼくがやるの?」
「当たり前よ、自分の赤ちゃんは自分で面倒見なくちゃ」
『自分の赤ちゃん』、その言葉が心の中でぶるっと震えた。
ぼくもおそるおそるオムツを交換した。はまっちがすぐ横から見ていて、いろいろ手伝ってくれる。
「ひゃあ!」
古いオムツを開いた時、赤ちゃんのおしっこが勢いよく飛び出して、危うくぼくの顔にかかりそうだった。
「あら、男の子なのね」
「そんなにじっと見ない!」
ぼくは顔が真っ赤になった。
「あっちの赤ちゃんは女の子で、こっちの赤ちゃんは男の子」
ふたりの赤ちゃんはオムツを取り替えると、ぼくたちの腕ですやすやと眠り始めた、本当に幸せな顔で。時々、口を動かした。
「赤ちゃんも夢を見るのかしらというCMがあったけれど、本当なのかしら」
「どうだろう、でもこの顔を見てると本当という気がしてくる」
「何の夢を見ているのかしら」
「天国の夢を見ているのかもね」
「そうだ、うえっち、あれ持ってきた?」
「あれって?」
「ほら、うえっちにあげたあれ」
「何だっけ…うーんと、ポケットに入れた気がする」
ぼくは手でポケットを探って引き出すと、手には青いミサンガがあった。
「ミサンガ!わたしも持っているはず」
はまっちもミサンガをポケットから取り出した。
「虹色のミサンガ!」
「このミサンガ、赤ちゃんにあげていい?」
「うん、もちろん」
「じゃあ、うえっちは女の子の左足首につけて。わたしは男の子の左足首につけるから」
「わかった、左足首ね」
ぼくたちは、女の子の左足首に青色のミサンガ、男の子の右足首に虹色のミサンガをつけた。
その後、僕たちも急に眠くなってきた。
「バイバイ、また来るね」
僕たちは、ふたりの赤ちゃんにそう言うと、テーブルのイスに座って、テーブルに突っ伏していつの間にか意識が遠のいて行った。
…
目が覚めると、おばあちゃんの部屋のこたつに入っていた。
はまっちも目を覚ましたらしい、目をこすっている。
おばあちゃんが台所から声をかけた。
「ご飯ができたから、食べていって」
「はーい」と返事をして立ち上がって、お互いにふと、お互いの足を見やると、はまっちの左足首には青いミサンガが、ぼくの左足首には虹色のミサンガがあった。