今の崖っぷちに追い詰められているような感じを、神楽坂さんや佐伯さんに言うことはできないと思った。こんなことを言えるのは、はまっちだけのような気がした。
部室の白いカーテンがぱたぱたと風で揺れる。その隙間から夏の日差しがきらめく。
ぼくは小学生に返って、あの教室で座っているようだった、前にはダブルテールをして色の浅黒いはまっち…
丁寧に折り畳まれた花柄の便箋を開けた、ふわっとはまっちの匂いがする。
読んでいると、はまっちとのことが映画のように浮かんでくる、ぼくの背中をぱーんと叩いた朝のおはよう、図書室での秘密、一緒に帰った時のこと、小屋での約束、スーパーに手を繋いで行ったこと、遊園地のキス、えのすい、警察でのこと、卒業式のこと、バス停で別れたこと、夢の出来事、公園での再会…とめどなく思い出が、いや思い出ではなく、今もぼくの中で生きている出来事が溢れてくる。
そして、同時に、ぼくの目から涙があふれてくる。
はまっちに会いたい、はまっちに会いたい、はまっちに会いたい、今すぐ。あのぬくもりに帰りたい。
けれど、手紙の最後の方を読んで、ぼくは愕然とした。
『今すぐではなく、4年後の7月7日…』、それまでは会えない、織姫と彦星、それは祝福なんだろうか、それとも呪いなのだろうか?
その日まで、あの小屋は存在してくれているんだろうか?
わからない、わからない、わからない。
4年経たないと、天の川にかささぎの橋はかからないのだろうか?
ぼくは、ひとりぼっちの、何の音もしない教室で、鞄からモンブランと便箋を取り出して手紙を書き始めた。便箋の上をロイヤルブルーの鮮やかな文字が綴られていくカリカリという音だけ響く。
「はまっち、お手紙ありがとう。
はまっちの手紙、こわくてなかなか読めずにいて、返事するのが遅くなってしまいました。
今もぼくの左足首には、はまっちがもらったあの虹色のミサンガが結えつけてあります。はまっちのことを忘れたことは片時もありません。
こわくて手紙が読めなかったのは、はまっちがもうぼくのことを忘れてしまったんじゃないかと思ったからです。
でも、手紙を読んでそうではないことがわかり、ぼくはとてもうれしかったです。
ぼくの中のはまっちもあの時のままです、あの小屋でぼくの背中をさすってくれたあのはまっちのままで。
何だか、涙が止まりません。
でも、はまっちの言う通り、はまっちははまっちの、ぼくはぼくの道を歩いて行きましょう。
ミルキーウェイにかささぎの橋がかかるその日まで」