階段を降りて、昇降口でスニーカーに履き替え、校門まで歩いた。グラウンドを走っている上級生男子の野太い掛け声が聞こえる、それに混じって、ついこないだまで通っていた隣の小学校の生徒たちの黄色いも聞こえてくる。
わたしもあそこにいて、うえっちと一緒にいた、と思うと、懐かしいやら悲しいやら、甘酸っぱい、つんとした気持ちが胸に満ちてくる…
「大丈夫、浜崎さん?」
そうだ、今、自分はもう中学生で、藤堂さんと一緒に帰っているんだっけ。
「ええ、大丈夫、藤堂さん」
「それなら、いいのだけれど。もしよかったら、私の家に寄って行かない?」
「お邪魔ではないかしら?」
何だか、藤堂さんの話し方に釣られてしまう、うえっちが聞いたら大笑いしそうだ。
「大歓迎よ。じゃあ、行きましょう。こっちよ」
藤堂さんはちょっとペースを速めて歩き出した、きびきびした歩き方が何だか心地よい。藤堂さんの家は私の家と反対方向にあった。左に曲がり、そして右に折れて、あのバス通りに出て、あの小屋のある病院を通り過ぎて…病院の前を通り過ぎる時、『今もあの小屋はそのままであるのかな』と思ったりした、永遠に変わらないものが欲しい。
病院の前を通り過ぎて、右折して、真っ直ぐ行って、さらに路地を右に入っていくと、藤堂さんの家があった。
白い洋風の二階建ての家、でもごたごたした装飾はなく、さっぱりしたイメージだ。
「どうぞ」
中に入ると静まりかえっていたが、陽が明るく差していた。
「両親は、今、いないの」
「そう」
手すりのある幅の広い階段を上って、2階にあがると、左が藤堂さんの部屋だった。
白いドアを開けると、何だかいい匂いがした。何だろう、花の匂い?
机、イス、ベッド、小さなテーブル、そしてピアノがあった。女の子らしい部屋だけれど、無駄なものがなくて、清々しい爽やかな感じがする、それでいてほんのり温かい。
「ピアノを弾くの?」
「ええ、でも最近はあんまり弾かないわ」
そう言ってピアノに近寄って、ポロンポロンと音を鳴らす。そうして、ふと見上げたピアノの上に小さなガラスの瓶があり、紫色の小さな花が詰められていた。
「この…匂いなのね」
「ええ、ラベンダーのポプリ、お気に入りなの」
「いい匂いね」
何だか、この匂いは藤堂さんにとてもよく似合っている気がした。
「座っていて、お茶を淹れてくるから」
そう言って、藤堂さんは部屋を出て行った。私は、藤堂さんと話していると、何だか違う自分になっているような気がした、それともこれも自分の一面なのだろうか?
しばらくすると、藤堂さんはトレイに、白磁の丸いティーポット、ティースレーナー、ミルクピッチャー、ティーカップ、クッキーの入った皿を載せて戻ってきた。
「ちょっと、待っていてね」
それから、鮮やかな手つきで紅茶を白いカップに注ぐ。その手つきと白いカップに注がれた紅茶の色が美しくて見惚れてしまった。
「私はミルクは入れないんだけど、浜崎さんはお好みでどうぞ」
そうやってミルクピッチャーを渡す指先が細く、でも優しい感じに気がついていた。