H1
わたしは寂しかった。どうしてこんなに寂しいのか、わからない。卒業式のあの日からうえっちに会っていないせいだろうか?それとも、家にパパが帰ってこなくなってママがうつろで、いよいよ自分の居場所がないと感じているせいだろうか?
たぶん、両方なのだろう。そして、うえっちに会いたいと思っても連絡手段がない。電話をしてもうえっちが出るとは限らないし、手紙もうえっちの親に見つかってしまうだろう。いざという時には、自分の手紙を花岡さんに渡して、花岡さんがまた高村君に渡して、高村君が自分の名前でうえっちに送るという手段を取り決めていたけれど、どうしてこんな周りくどいことをしなければならないのだろう?
パパが帰ってこなくなったのも自分のせいなのだろう。わたしがいなかったら、パパとママは仲良くずっと暮らしていたに違いない。そんなふうに思うと、自分の存在を消してしまいたくなる。
そんなことを思っていると、声が聞こえた。
「担任の島崎朋子です、これから1年間よろしくね」
そうだ、わたしには未来がある。左足のミサンガのことを思い出した、目には見えないけれど、あの時の青い玉のようなものが自分の胸に今もあるのかもしれない。
「では、自己紹介してください」
そう思うと、寂しさが消えたわけではないけれど、何だか勇気づけられた。
辺りを見回すと、クラスには同じ小学校から来ているものが三分の一ぐらい、そして小学校は2クラスしかなかったから、その三分の一はほとんど知っている子ばかりだ。
うえっちは全然知らない子の間に、今いるんだろう。どんな気持ちなんだろうか?
そんなことをぼうっと考えているうちに、自分の番がやってきた。
「浜崎幸子です、よろしくお願いします」
それ以上、何を言ったらいいかわからなかった。
「彼氏といつ結婚するの?」
男子の声がした。数人の男子の笑い声が聞こえた。
けれど、女子たちが男子の方に厳しい視線を向けたので、男子たちは黙って気まずそうにした。それから、数人の女子が優しい眼差しを送ってきた。
『大丈夫、わたしはやれる。この世界はそこまで見捨てたものじゃない』
女の子たちに、わたしは微笑み返した。
気がつくと、担任の島崎先生もこちらを温かいまなざしで見つめている。わたしは何だか恥ずかしくなったが、静かに席についた。
短いホームルームが終わると、ひとりの背の高い、髪をロングにして、眼がキリリとした女の子がこちらに近づいてきた。さっき、男子たちを睨みつけてくれた女子のひとりだった。
「わたし、藤堂怜、よろしくね」
わたしを物怖じしないまっすぐな瞳で見て言った。
自己紹介の時、名前は聞いていたはずなのに、いろいろなことを思い巡らしていたから覚えていなかった。
「浜崎幸子、よろしくね」
「良かったら、一緒に帰らない?」
そうか、今日は始業式だから、ホームルームが終わったらすぐ帰れるんだった。何とも言えない気持ちだった。でも、それを表情に出さないようにぎこちなく微笑んだ。
「うん」
わたしと藤堂さんはまだ騒々しい教室を猫のようにするりと後にした。