ぼくは授業にろくすっぽ出なくなって、部室で教科書を眺めているだけだから、成績はどんどん下降して行った。
だから、1学期の成績など今までに見たことのない数字が並んでいた。ただ、親は成績に興味を示さないので叱られることがなかったが、自分で自分が許せなかった。
2学期が始まった時、ぼくは塾に行こうと思った。塾に行けば、教科書だけではわからないところを教えてくれるに違いない。
ただ、問題は親が入学金や授業料を出してくれるかということだ。
そんなことを考えていた矢先に、塾のチラシが新聞の折り込みに入ってきた。
白い紙にただ青いインクで印刷しただけの質素なチラシだった。
『無限塾…?どこかで聞いたことがある』
ぼくの頭の中に、近所にある白いプレハブの建物が浮かんだ。
『あの建物か、そう言えば、木の板に無限塾と書いてあったような』
チラシには、びっしりと字が書かれているが、ちょっと読んでみると、不思議なことが書かれているようだ。
「…無意識を起動して、無意識の無限の力を活用して学習を楽しく進め…」
怪しいと思ったが、興味を惹かれた。
そして、チラシの裏に、入学金や授業料が記載された下の方に、こう書いてあった。
「当塾は、ご事情のある方には入学金また授業料を免除する制度もございます」
これだと思った、これしかない。
早速、ぼくは、家から2、3分のところの塾に行ってみた。
確かに、無限塾と達筆な毛筆で書かれた木の板がかけられている。ここで間違いない。
急に胃がキリキリ痛んだ。学校でのことが堪えていて、もうぼくは本当に限界なのかもしれないと思ってしまった。
勇気を出して、チャイムを鳴らしてみる。
インターホン越しに男の人の声が聞こえてくる。
「どんなご用件でしょうか?」
「えーと、塾の入学について…」
玄関のドアが開いて、40ぐらいの男の人が出てきた。
「今日は塾はお休みで、塾長もいないんですが」
ぼくはちょっとがっかりしてうなだれたのかもしれない。
「そうだなあ、私が話を聞くよ」
優しそうな感じで、笑うと黒縁メガネの奥の目尻に皺がよる。
「お願いします」
「とにかく、入ってね」
玄関でスリッパに履き替え、木の廊下をまっすぐ通って、奥の部屋に行く。
簡素な部屋だった。立派な木製のテーブルと座りやすそうなイスが三つあり、窓側には書棚がひとつ、白い壁には蒼い絵が額に入れられて1枚だけ飾られている。
『美術の教科書で見たことのある絵だ、確か…』
「シャガール」
「よく知ってるね、複製だけどね」
ぼくはいつの間にか、声に出してしまっていたらしい。