塾の教室に入ると、もうはまっちがいた。
はまっちは何だか楽しそうだった。
「はまっち、どうしたの?何だか楽しそうだね」
ぼくは力を振り絞って尋ねた。
「まあね、後のお楽しみ」
『後のお楽しみって何だろう?』、ぼくの頭の中で、はまっちの元気な顔と佐伯さんの力無い顔がコントラストになっていた。
塾の20分休み、皆は軽食をとるが、ぼくは何か食べたことはない。母親は、学校でも、まともなお弁当を持たせてくれたことはないのだから、まして塾ではない。コンビニで何か買おうと思っても、お金をくれたこともないから、買うとしたら自分の小遣いから買うしかない。
はまっちはぼくに微笑みかけながら、鞄の中に手を入れた。
何か2つのチェック柄の包みを取り出した。
そして、青い方の包みをぼくの前に置いた。
お弁当だった。ぼくのために作ってきてくれたことに驚いた。
蓋を開けると、お赤飯に、オムレツ、ハンバーグ、ナポリタン、ミニトマト、ブロッコリーが綺麗に詰められている。
オムレツにはケチャップで『うれしい』って書いてある。
ぼくは目を丸くした。
こんなお弁当を食べたことがない、こんな愛情がこもったお弁当を。
しばらく、ぼうっと見つめていたら、はまっちに「早く、食べて」と促されて、箸をつけた。
お赤飯を、ついで、オムレツを口に放り込むと、何だかはまっちの愛情を食べているような気がしてくる。
はまっちはどれだけの手間をかけて、このお弁当を作ってくれたんだろう?
ぼくは目に涙が込み上げるのを抑えていたが、無理だった。お弁当を食べているのか、涙を食べているのかわからなくなる。
はまっちが自分のことをこんなに思ってくれているのに、ぼくは佐伯さんのことを気にしている、それで嘘をついたりしている。
後ろめたく、情けない。
はまっちが泣いているぼくの背中に手を当ててさすりはじめた。
あの時のあの手と変わらない、あたたかい温もり。
ぼくは嗚咽しそうになった。
でも、ここで嗚咽するわけにはいかない。ぼくは涙の塊を飲み込んで、またお弁当を食べ始めた。
胸の中に、幸せと後悔と悲しみと苦しみと苦々しさが入り混じって、ぼくは何が何だかわからなかった。
もう、全部、はまっちに言ってしまいたい。
でも、友達のことをはまっちに言ってしまうのはどうなんだろう?
ぼくが言ってしまったら、佐伯さんはどう思うんだろう。
ぼくはギリギリのところで踏みとどまった。
自分がバラバラになりそうなのを感じながら、二限目の授業を耐え抜いた。