文芸部からの帰り道、いつものように佐伯さんが子犬のように後をついてくる。
ちらっと周りを見てから並んで歩く。
『佐伯さんでも、少しは周りを気にすることもあるのかな』
「上地君って、この頃、塾に通っているんですか?」
上地君って言われて戸惑う。ああ、そう言えば、部長から上地君に格下げになったんだっけ。
「何、ニヤニヤしているんですか、気持ち悪い」
佐伯さんは容赦なく言ってくる。
「いや、なんでもないよ」
「むっつりスケベが顔に出ていますよ」
「おいおい」
「どこの塾ですか?」
「まだ、通ってないよ。えーと、無限塾」
「む・げ・ん・じゅ・くってあの無限塾?」
「えっ、どういう意味?」
「なんか、催眠を使って生徒の成績をあげる怪しげな塾って評判ですよ」
「そうなの」
ポーカーフェイスで答えたが、藤堂さんにかけてもらった催眠のことが頭に、当然のことながら浮かぶ。
あれから、不思議に教室の授業に出ることができるようになった。もちろん、無視がなくなったわけではないが、自分を助けてくれる生徒もクラスにいることがわかってきた。前は、そんな人たちの存在も目に入らなかったのだ。
「でも、おもしろそうと言えばおもしろそう。紗奈も入ろうかな」
佐伯さんの格好を見て、シャツの第2ボタンまで開けているわ、スカートはやたら短いわ、神は茶色でクルンと巻き毛にしているわ、リップで唇をプルルンとしているわで、思わず、『おいおいやめてくれ』と言いたくなったが、言わなかった。佐伯さんが塾に入りたいと思ったら、佐伯さんの自由の選択なのだ。
ところで、一瞬で、彼女の容姿の細かいところまでチェックしている自分は、やっぱりむっつりスケベなのかな?
「自分で決めるといいよ」
「じゃあ、善は急げで、今日、行きます」
行動はやっ。
「ああ」
ぼくは気のない返事をした。
「上地君もついてきてくださいよ」
「えっ、なんで?」
「催眠塾にひとりで行くなんて、心細いじゃないですか〜。いざという時のボディガードとして。まあ、ボディガードというには、あまりにひょろひょろですけど、これで我慢しておきます」
「今日は、初めて、授業に出る日なんだけど」
「じゃあ、どっちみち、塾に行くんですよね。それだったら、かわいい部員のために、一肌ぐらい脱いでもいいですよね、ぶちょう〜」
急に、部長って言葉を殺し文句のように使う、何てあざとい。と思いながら、うなずくしかない。
「急いで、家に帰って鞄置いてきます、30分後に、上地君の家の近くのあのコンビニの前で集合ですよ。いいですね」
佐伯さんは疾風のように駆け出していった。
ぼくは、何だか、塾の初日からちょっと気持ちが重くなったが、何だか、不思議にわくわくするような気持ちもしていた。