学校からの帰り道は、どういうわけか、怜と福井君と3人で帰ることが多くなった。
神父志望の福井君は、男性を感じさせるような人ではないからか、3人で帰っていても誰も変な噂を立てることもなかった。
「福井君は、本当に父親の意向に沿って、神父になるつもりなの?」
怜はちょっと苛立っているのか、またもや、ふだんの言葉使いと違う気がする。
「わからない」
福井君は、この前と同じ言葉を繰り返す。
「わからないってどういうこと?」
「自分がなりたいのかなりたくないのかもわからないんだ」
「自分のことなのにわからないの?」
わたしは口を挟めなくて、ただ黙ってふたりのいうことを聞いている。
「そうわからない、そもそも自分自身もわからないんだ」
「自分自身がわからないって、何をしたいとか、何を好きだとか、どんな自分とか…」
「それもわからない。ただ、心に大きな穴がぽっかり、小さな頃から開いていて、何をしてもどうやっても埋まらない。無理に言えば、この何もない空っぽの穴が自分なのかもしれない」
「そんな穴が開いていて、どうやって、人の悩みを聞く神父さんになれるの?」
「もしかしたら、人の悩みで自分の心の穴を埋められるんじゃないのかと思って」
怜は苦笑いした。ほんとは怒っているようだった。
「それは、他の人を救うことによって、本当は他の人の中にいる自分を救おうとすることだわ」
「怜、どういうこと?」
わたしは初めて口を開いた。
「メシアコンプレックスというのよ。自分で自分を救えないから、他人を救うことで自分を救おうとすること」
「人を救おうとして自分も救われるなら、すごくいいことじゃないか!」
福井君もイライラし出しているようだ。
「ほんとに救えるならね。けれど、自分は自分しか救えない、人は自分を救えないから、人を自分が救おうとするなら、相手も自分も救いの幻想の中に落ち込むことになるの」
「幻想であっても、その幻想の中で幸せを感じるならそれでいいじゃないか!」
福井君は、顔を真っ赤にして荒々しい声で言う。けれど、目の縁に涙が溜まっている気がする。
「ほんとに幸せならね」
怜はちょっと皮肉っぽく言う。
『怜にこんな一面があったなんて』
「怜のパパ、うちのママを診てくれてるけど、それでだいぶママも良くなってきているけど、それは、怜のパパがうちのママを救ってくれたということじゃないの?」
ちょっと、間に入って言葉を挟むのも怖かったけれど、どうしても聞かずにはいられなくなった。
「救うということじゃないの。元々、幸子のお母様にご自分を救う力があって、私のお父様は、それを引き出すお手伝いをしているだけよ。だから、幸子のお母様は、ご自分でご自分を救っているのよ」
福井君も、いつの間にか、怒りの酔いから覚めたように、怜の言葉に聴き入っている。
「そうなんだ」
「そうかもしれない、ぼくの知らない世界…」
福井君は小さな声でまるで自分しかいないようにつぶやいていた。
いつの間にやら、わたしたちは道に立って話し込んでいたが、また歩き始めた。