無意識さんとともに

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怒りの練習

自分の怒りを感じる練習をしているのかもしれない。

失礼なことをされても怒れない。「全然、大丈夫。気にしないでください」とすぐ言いたくなってしまう。

まだ、20代の頃、電車の中で吊り革を握って立っていた。

すると、後ろにいた女性がいきなり声を出して私に怒鳴り声をあげ始めた。

私は、自分の肩掛け鞄が女性の体に触れてしまったのかと思い、見回したが、そんなことはなかった。

なおも女性は私に怒りを向け、私を開いている窓の外にぐいぐい押してくる。

私は怒りを感じることもなく、ただひたすら悲しい気持ちでなすがままになっていた。

40代の頃、私はカラオケでキリスト教の集まりみたいなことをやっていた。

なにぶん、少人数なので、メンバーが皆集まらないと始められない。

けれど、私のことを親友だと言っていたTという女性は、遅れずに来たことがない(ただ、例外は、50代過ぎのきつい女性が来た時だけは遅れずに来たのを覚えている)。

それもちょっとやそっとではない。1時間は当たり前で、5時間ということもあった。その間、私と他のメンバーは街を彷徨くしかない。

一番よく覚えているのは、Tに来ないのでメールをしたら、「今、向かっている途中」とありほっとした。ところが、それから1時間しても来ないので、またメールをすると、「今、忘れ物を家に取りに帰っているところ。ちょっと待ってください」と返ってきて、さらに待っていると、今度はメールが向こうから来て、「時間を午前から午後にずらしてください」とあり、今度は午後待っていると、「残念だけど、今日は行けなくなりました」とあった。

結局、それで丸一日潰れた。

それでも、自分に怒りを感じなかった。怒りを感じても瞬間で蓋をしてしまっていたのだろう。

今、考えると、まるで恐ろしい笑いい話だが。

もちろん、キリスト教の影響もあっただろう。けれど、それにしてもだ。

おそらく、小さな頃から親の泥人形になっていたためだろう。

親との間でこんなこともあった。

母親が、重い箱を私の足の上に落として、私は思わず「痛い!」と叫んだ。

ところが、次の瞬間に母親が言ったのは、

「なんでそんなところに足を置いているの!」という逆ギレの言葉だった。

私は怒りは感じたはずだが、怒りは出せずに「決してわかってもらえない」という悲しみの絶望に変わったのだろう。

その前も、それからも全てそんな調子だった、キリスト教はそれを強めただけだ。

けれど、もう母の支配から逃れた今、無意識さんは、私に怒りを感じて、怒る練習をさせているように感じる。

「怒り、大切だよ。怒りを感じてまともに怒る人間になりなはれ」