ママは、怜のパパのところに、一週間に一回、カウンセリングに出かけている。
どんどんよくなってきて、この頃は寝込むこともほとんどない。
それどころか、私の記憶の限り、こんな元気なママを見たことがない。頬も薔薇色で、まるで10代のエネルギーに溢れる少女のようだ。何だか、私よりも元気な気さえする。
そのうち、ママは、あの駅前のパン屋さんにパートに出かけるようになった。
さらに、合間を縫って、医療事務の仕事に就くための勉強も始めているようだ。
ママについて、わたしが心配することはもう何もないのかもしれない。ママはママの人生を歩んでいる。
わたしもわたしで、学校と家庭部、そして塾の往復で、生活が充実している。そして、怜と福井君といる時間がすごく多くなってきている。
怜とふたりきりの時は気づかなかったが、怜もほんとは軽口を叩くフランクな性格なのかもしれない。何だか、ふたりの関係が羨ましく思える。
福井君がうえっちに似ているのもあるけれど、怜と福井君が話しているのを見ると、反射的に、うえっちと自分のことを思い出してしまう。
今日も今日とて、帰り道。
「福井君は、家で、聖書読んだり、お祈りしたりするの?」
怜はこの頃、福井君をからかってばかりいる。
「うん、まあ。でも、サボることもある」
「見栄張ってるでしょ。神父の息子だものね」
「いや、そんなことないよ。父親の言うことばかり聞いてはいられない」
「それはそうよね、私たち、反抗期真っ盛りなんだから」
「そうだよ、ぼくだって反抗期の一員だよ」
「男の子なんだから、ベッドの下にそういう本を隠していたりするの?」
福井君は真っ赤になって答えられない。
「…そういうことよね、ごめん」
「いや、そんなふうに言われると、なんか確定事項のようで」
私は、怜ってこんなキャラだったのと思ってみたりする。お嬢様だと思ったのに、Sなの。でも、案外、お嬢様ってSなのかもしれない。
まあ、うえっちと私の会話を思い出させると言っても、ほんとはだいぶ違っている。
ここにいるのは、怜と福井君で、わたしとうえっちではない。それに、わたしはこんなSキャラではない。それでも、とても羨ましく思ってしまう。
「もしかして、サッチ、あの人のこと考えていた?」
怜は、いつの間にか、私のことをサッチと呼ぶようになっていた。
「ううん」
「嘘、わかるわ。あの人はサッチにとってとても大事な人だものね」
「あの人ってどんな人?」
福井君は、眠りから覚めた犬のようにうすらとぼけたことを言う。
「福井君は黙っておいて、神父の息子に恋愛のことはわからないわ」
福井君はまたしゅんとなった。でもまんざらでもない顔をしている。もしかして、福井君はM、怜と本当にびったりなのかもしれない。
わたしとぴったりなのは…、わたしはうえっちの顔を思い出そうとしたが、それは中1に公園で会った時の顔ではなく、モデルのような人と歩いているのを見かけた時の顔でもなく、小5のあの時、あの小屋で一緒にいた時の顔だった。