無意識さんとともに

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聖人A 23 再会

僕は、神谷先生のテープを、貪るように次から次へと聴いた。

そして、聴けば聴くほど夢心地になっているかのように感じられた。

それだけではない、僕も神の底知れない愛を知ったのだから、僕も徹底的な愛の人になろうと決心した。

そんな時、またたっちゃんの噂を母から聞いた。

ちょっと信じられない話だった。

なんでもたっちゃんは、ある日曜日の礼拝中に、いつものように預言をしようとした時に、急におかしなことを叫び出して、そしてその後、教会にも来ることができなくなって、いっさい家からも出ていないのだと言う。

おかしなことというのは、こんなことだったらしい。

『お前たちは、もう決して赦されない。みんな、地獄行きだ。わたしはお前たちをみんなを呪う、わたしはお前たちを一人残らず、滅ぼす、滅ぼす、滅ぼす』などとわめきちらしたということだそうだ。

あまりのことに、牧師と周りの男性信徒たちがたっちゃんを取り押さえたらしい。その後は、たっちゃんは嘘のように大人しくなったが、もう圧倒するようなあの権威も、しるしや不思議を行う力は消えていたらしい。

ぼくはたっちゃんに会いに行ってみたくなった。

なぜ、そんなことを考えたのかは皆目わからない。

けれど、僕の中から恐れが消えていたのは確かだ。

それが、愛だったのか、憐れみという名の優越感だったのかはわからない。

たっちゃんの家は、隣の駅から歩いて15分ぐらいのところにあった。

途中、辺りには畑が広がり、豚小屋があるのか、鼻を摘まざるを得ないような匂いもした。

平屋のかなり古い一軒家で、庭にはプレハブが建っていた。たっちゃんの両親は、教会関係の書籍や冊子の印刷を請け負って生計を立てているとのことだった。

玄関のチャイムを押すと、たっちゃんのお母さんらしい人が出てくる。

僕の顔を見て、怪訝な表情を一瞬浮かべる。

「たっちゃんに会いたいのですが」

「ちょっと、待ってください。本人に聞いてきます」

女性は僕の名前を聞いて姿を消した。開けた玄関の引き戸の奥には、教会関係の印刷物が所狭しと積まれていた。インクの匂いが鼻をかすめる。

しばらくすると、木の廊下をドンドンという音をさせて戻ってきた。

「会うと言っています」

僕は靴を脱いで、女性のあとをついていく。

廊下を渡り、階段を上ると、左側に木製のクリーム色のドアがあり、そこがたっちゃんの部屋だった。

女性はドアを軽くノックする。

「達也、お連れしたよ」

南京錠だろうか?鍵が外れる音がかちゃりとした。

女性が銅色のノブを回して、ドアを開けると、中は真っ暗だった。

催眠!青春!オルタナティヴストーリー 146〜U46 シンデレラ城の前で

それから、ディズニーランドに着いたのが、午前10時ぐらいだった。

結構、並んでいて入場するのに時間がかかった。

「まず、どこに行きたい?」

「わたしはシンデレラ城の前で写真が撮りたいな」

同じことを考えている人が結構いるのか、シンデレラ城の前にもちらほら人がいた。

ぼくは、ショルダーバッグから一眼レフを取り出した。

「なんだかすごいカメラね」

「父親が飽きて使わなくなったカメラだよ」

ぼくがもたついていると、はまっちがすかさず声をかけてくる。

「うえっち、もしかしてそのカメラ使うの、初めてなの?」

「うん、まあ、そうだけど」

「じゃあ、わたしが初体験の相手ね」

「やばいこと言うなよ」

ぼくはどぎまぎして、誰かに聞かれていないかと急いで辺りを見回した。

「ファーストキスの相手も私だったものね」

「…」

ぼくはこことは違うあの遊園地のゴンドラの中のシーンを思い出した。

「そのこと、考えていたでしょ?もううえっちはえっちなんだから、アハハ」

はまっちはさも面白くてたまらないように笑った。

「からかうのも、ほんとたいがいにしてくれよ」

そう言いながらも、まんざらではなかった。はまっちはぼくにとって、他の誰にも変えられないただひとりの女の子だったから。今日、別れるとしても。

「じゃあ、いくよ。はい、チーズ」

はまっちは、ぼくの大好きなひまわりのような笑顔を浮かべた、折りしも吹いてきた強い風に飛びそうになる白いベレー帽を押さえながら。

「ありがとう。今度は一緒に撮ろうよ」

「と言っても、どうしたらいいのかな?」

セルフタイマーを使うにも、三脚などというものは持ってきていない。

「あそこのおばさんに頼んでくる」

はまっちは、すかさず、近くでグループで写真をとっていた中年の女性のひとりに話しかけた。

女性は、人の良さそうな表情を浮かべてぼくの方を見たので、ぼくは軽く会釈した。

カップルなの?若いっていいわね」

ほぼ100%言うんじゃないかと思っていたセリフを女性は言う。

ぼくたちはシンデレラ城の前に立つ。

「さあ、もっとくっついて。せっかくの写真なんだから、大胆にくっついちゃって」

ぼくは恥ずかしがったが、はまっちは距離を詰めて、ぼくの手を握る。

「それぐらいでもいいかしら。初々しくていいわね。さあ、撮りますよ。はい、チーズ」

僕は笑えるかわからなかった。

けれど、シャッターの瞬間、頬に何か触れる感じがして、びっくりした表情になった。

気がつくと、はまっちがぼくのほっぺたにキスしていた。

はまっちの方を見ると、悪戯した子猫のような顔を浮かべている。

「うん、それぐらいでなくっちゃね」

女性は驚きつつも、何だか楽しそうだった。

無意識の活性化8〜無意識さんに促された創造的行為

カウンセリングでも催眠でも、誰かに依存してアドバイスを受けたりエネルギーをもらったりするのではなく、無意識の中にある自分のリソースと能力を見つけることが目的である。

だとすれば、自分のリソースと能力を見つけるだけではなく、それらを活かして用いることが無意識の活性化が向かう目的地ということになる。

難行苦行して、努力に努力を重ねて、自分のリソースと能力を用いるのではない。

それは意識のなすことであり、リソースと能力が花開くどころか、自分を磨耗させるだけである。

そうではなく、無意識に促されて、ありのままの自分の中に眠る宝石の鉱脈たるリソースと能力を無意識に委ねて使っていただくのである。

その時に、出来栄えとか人がどう評価するとかは関係なくなる。

なぜなら、これは自分が意識的にすることではなく、無意識が自分を通して、自分のリソースと能力を開花させることだから。

主語は自分ではなく、無意識なのだから。

「花はなぜということもなく、ただ咲いている」

花を咲かせているのは花ではない、自然に働く無意識の力が花を咲かせるのである。

私たちという花も、無意識の風に吹かれて、花を咲かせるのである。

その時には、なぜということはなく、人が見ていても見ていなくても関係なく、花は花としてただ咲くのである。

どんな創造的なことでもいいのだ、小説や詩を書くこと、演奏をすること、作曲をすること、絵を描くこと、ケーキを作ること…

一見、創造的なことのように見えないことでも、無意識の風に吹かれる時に、それは創造的なことに変わる、掃除をすること、料理を作ること、子どもの送り迎えをすること…

その時、私たちはもはや誰かのコピーではあり得ない、自分が自分に限りなくかえり、私は特別という意味ではないオリジナルになるのだ。

聖人A 22 親代え?

少し高めの声が語り出す。

「聖書には、『神は愛である』と書いてあります。神は徹底的な愛なのです。この神以外にどこにも愛はない。愛は私たちのうちにはない、ただ神のうちにだけあるのです。

けれど、神の怒りについてお聞きになったことがおありになるでしょう?

神は自分を信じない、また自分の戒めを破った者たちを罰する怒りの神だと。

これはどういうことでしょうか?

神が愛の神なら、怒りの神ではあり得ません。

神が怒りの神なら、愛の神ではあり得ません。

どうしたらいいのでしょうか?

私たちは何を信じたらいいのでしょうか?

ルターという人は、この矛盾に、『徹底的な愛の神は、徹底的な怒りの仮面をつけて人間に近づく』と言いました。

子どもがマッチで火をつけて遊ぶなら、親はものすごく怒ります。

もしかしたら、子どもがひどく怒っている親の顔を見るならば、もう自分は親に愛されていないと思うかもしれません。

けれど、親が子どもを徹底的に怒るのは子どもを愛していないからでしょうか?

いや、徹底的に愛しているからこそ、徹底的に怒るのです。

親は子どもを滅ぼそうとして怒るのではなく、子どもが火遊びで自分を傷つけないように、子どもを救おうとして怒るのです。

不完全な人間の親でもそうなのです。

ましてや、私たちの完全な、まことの親である神は、ましてそうです。

ここから、神は徹底的に愛するがゆえに、徹底的に怒るお方だということがわかります。その怒りは私たちを救う怒りであって、私たちを滅ぼす怒りではありません。

いや、むしろ、怒りというのは仮面なのです。

怒りという仮面の裏には、愛がはち切れんばかりに満ち満ちてあふれようとしているのです。

そして、信仰というのは、この怒りの仮面の裏の徹底的な愛を信じるということであります。

この愛を信じた時に、私から恐れが消えるのです。

『完全な愛は恐れを消す』と聖書に書いてあるとおりなのです。

恐れはもはや一片もなく、いっさい跡形もなく消えてしまうのです。

そうして、それで終わりではありません。

私たちも、神の徹底的な愛を知って、愛の人になるのです。

『愛のある者は神を知っており、愛のない者は神を知らない』とヨハネは言います。

なぜなら、『神は愛だからです』

さあ、今、怒りの仮面に恐れずに、仮面の裏の徹底的な愛を信じて、愛である神に近づきましょう。そうすれば、あなたの心も愛で満たされ、一切の恐れが消え去り、あなたも愛で輝く人になれるのです。

一緒に祈りましょう。」

中学生である僕には、すべてがわかるわけではなかった。

けれども、もうこれしかないのだと思った。

そして、徹底的な愛の神、それだけが僕の苦しみから僕を救ってくれるのだと。

「神さま、今まで、あなたを恐れてきました。

そして、あなたは私を滅ぼそうとされているのだと信じてきました。

けれど、今、その信仰を投げ捨てます。

あなたの仮面の裏に満ち溢れている愛であるあなたを信じます。

私から一切の恐れを消し、私の心をあなたの圧倒的な愛で満ち溢れさせ、私をあなたの愛をあらゆる渇いた人に飲ませる愛の人に変えてください。

イエス・キリストの御名によって、アーメン」

僕は、テープの神谷先生と一緒に祈った。

そして、アーメンと言った時、真っ暗な心に光が輝き出し、恐れの代わりに愛が僕の心を覆い尽くした気がした。

僕は、生きながらにして天国にいるように感じた。

僕の心はうっとりとし、さらに神の愛で燃やし尽くされているようだった。

催眠!青春!オルタナティヴストーリー 145〜H46 最初で最後のデートへ

『これで最後のデートかあ』

わたしは鏡を見ながら、髪をブラッシングしている。

付き合ってからデートとらしいものはしていない。だから、これはうえっちと再会して付き合ってから最初で最後のデートになる。

わたしはちょっと落ち込みそうになる。

『自分で決めたんだから』

わたしは頬を両手で軽く叩いて気合を入れてみた。

鏡の中のわたしもしゃんとして見えた。

秋津駅に行って改札口でうえっちを待つ。

しばらくして、うえっちが現れた。黒のスリムジーンズに、薄青のオックスフォードシャツ。中学生にしては、大人びた服装だ。

手をあげると、うえっちも手をあげてくる。

そのまま、わたしが改札を通る。わたしはうえっちの温もりを覚えていたくて、手を差し出すとうえっちは優しく手を握ってくれた。

日曜日だからか、構内に人の数は少ない。若い母親と男の子と若い父親が、3人で手を繋ぎながら、わたしたちの前を歩いていく。

サンダーバードの歌、歌って」

男の子が言う。

サンダーバード聞いたことはないが、何かの番組だろうか?

若い父親がハミングだけで歌を奏でる。

何だか、マーチのような歌である。

男の子は喜んでいるのか、声を出して笑う。

「よかったね、良樹」

若いお母さんが子どもを見ながら、さも愛しくてたまらないように言う。

ごくごく普通の家族、わたしもこんな普通の家族を持つ日が来るのだろうか…もしかしたら、うえっちと。

手を繋いで隣を歩いているうえっちの顔を見つめてみる。

「なに?」

うえっちはわたしの視線に気がついたのか、言葉を投げかけてくる。

「ううん、何でもない」

気がつくと、前を歩いていた若い家族連れはどこかに行ってしまった。わたしたちはわたしたちのペースで歩いていくだけだ。

秋の日差しが穏やかに差していて、空気も澄んでいるようだ。

電車で向かう途中、わたしはセブンティーンで読んだ心理テストをうえっちにしてみる。

うえっちには言っていないが、ふたりの恋愛相性度を調べるテストだ。

『これから別れるのに、わたしったら、何をしているのかしら?』

でも、それはそれ、これはこれだ。

相性度が90%以上と出たので、思わずニヤニヤしている自分に気づく。

うえっちにむっつりスケベと言ったけれど、これじゃ、むっつりなのは自分のことかもしれない。

これから行くディズニーランド、そこに行くのがうれしいような悲しいような。

永遠に着かなければいいのに、そんなことも思ってしまう。

けれど、そんな無限のループを繰り返すというアニメみたいなことが起こるわけもなく、わたしたちは目的地の駅に着いた。

聖人A 21 テープ

僕は、ショックで、教会はもとより学校にも行けなくなった。

ほとんど部屋に引きこもって、布団の中に潜り込んでいた。

自分は神に呪われている、そういう感じが否定しても否定しても、湧き上がってきてしまう、たっちゃんの冷笑した顔と共に。

母は、最初、そんな僕を放置していたが、さすがに心配になったらしい。

今、通っている教会の人たちに相談したのだ。

そして、ある日曜日の午後、紺色の巨大なボストンバッグを抱えて教会から戻ってきた。

カーテンも閉め切って、ただ1日が過ぎてくれることだけを願っている僕のところに、ボストンバッグを引きずるように持ってきた。

「これ、優のためにって、教会の人が持たせてくれたの」

「いらないよ」

「そんなこと言わずに」

「だいたい、こんな馬鹿でかいもの邪魔になるだけだよ、いったい何が入っているんだよ」

母は、僕の枕元に置いたボストンバッグをジーと音をさせて開ける。

中からは旧式のテープレコーダーと、山のようなカセットテープ、100巻ぐらいはある。

「長老の小嶋さんが持たせてくれたのよ、これ聞けば元気になるって」

キリスト教の説教のテープじゃないか、こっちは神がこわくてどうしようもないのに、何考えてんだ、ふざけるな。

「やめてくれ」

僕は、テープの1巻を投げつけた。

母は投げつけて、ドアに当たったテープを大事そうに拾う。

「何でもね、教会の創立者の神谷先生のメッセージが入っているということよ。神谷先生は愛の人で、ヤクザの人でさえ、先生の愛に打たれて回心したらしいわ」

胡散臭いと思った。

「とにかく、余計、具合が悪くなるから、そんなもの近くに置かないでくれ」

「わかったわ、台所に置いておくから気が向いたら聞いてね」

そんなものに気が向くなどあり得ない。

けれど、毎日、毎日、することがない。読むものもなければ、見るものもない。

それで、ある日の昼間、母の作り置きの昼食を食べた後、恐る恐るボストンバッグを開き、テーブルの上にテープレコーダーを取り出した。

僕は何をするというのだろう?

それから、カセットテープのタイトルを次から次へと眺めて、一巻のテープを取り出した。

タイトルは「神という徹底的な愛」。

こんなことをしてどうにかなるものかという思いが襲ってきたが、それでも僕はカセットテープをテープレコーダーにセットし、再生ボタンを押してしまった。

かなり古い時代のテープらしく、音がぼやけている。

フォークソング調の賛美歌を皆が歌っている。何だかとても楽しそうだ。

そして、神谷先生のメッセージが始まった。

 

 

催眠!青春!オルタナティヴストーリー 144〜U45 途中

日曜日、午前8時に、ぼくとはまっちは秋津駅で待ち合わせた。

秋もいよいよ本番の装いを見せて、街路樹も赤や黄に染まっていた。

ぼくが電車から降りて改札口に近づくと、はまっちはすでに改札口のところで待っていた。

白いベレー帽を被り、デニムのジャケットに中は白いシャツ、茶色のロングスカート、何だかとても大人に見えた。

ぼくを見つけると、手をあげてくる。

はまっちを自分の彼女だと言えるのは、今日が最後だと思うと、ぼくは知らないうちに唇を噛んでいた。

「さあ、今日はいっぱい楽しもうね」

「そうだね」

はまっちはぼくに手を差し出す。ぼくはそっと握る。

『はまっちの手ってこんなに柔らかかったっけ』

そんなことを思ったりするが、はまっちはぼくより前にズンズン歩き出す。

電車の中では、はまっちは心理テストをぼくに出してくる。

根拠があるのかないのかわからない心理テストをやらされる。

「やっぱり、うえっちってむっつりスケベだったのね」

そう言って笑ってくる。

ぼくはちょっと落ち込むふりをする。

「ウソ、ウソ、ウソ。うえっちって真面目だものね。でも、うえっちが私のことを書いてくれた絵、あれはヤバかったね。まだ、小学生だったのにね」

「まだ、持っているの?」

「もちろん、一生の宝物。時々、取り出して眺めているわ、裏の詩もね」

「そうか、うれしいな」

「でも、あの女性、わたしにしては大人すぎやしない?」

「そうだな、未来のはまっちだから」

「未来のわたしを想像して描いたの?」

「夢の中で、未来のはまっちを見たんだ」

「未来のわたしが半裸で、背中をうえっちに見せているということ?」

「そういうことになるね」

ぼくは思わず顔が熱くなるのを感じた。

「すると、わたしたち、そういう関係になっているということね。うえっちが覗き見でもしない限り」

「そういう関係って?」

「そういう関係はそういう関係よ」

はまっちも顔が赤くなっていた。

いったい、そんな日が来るのだろうか?今日を境に別れるというのに。

「ほら、しけた顔しないの」

はまっちに表情が読まれたのだろうか。

「そうだね」

「飴でも舐めて…ね?」

はまっちはハンドバッグから蜂蜜オレンジのど飴の袋を取り出して、袋を振ってぼくの手のひらに4、5個、落とした。勢い余って、床に落ちた飴を拾おうとした時、はまっちもそうしようとしていて、ぼくははまっちの指先に触れた。

ぼくたちは、思わず、顔を合わせて笑った。

「わたしたち、似たもの同士ね」

「そうだね」

何回か乗り換え、そんなことをしているうちに、電車は目的の駅について、僕たちは電車を降りた。