僕は、神谷先生のテープを、貪るように次から次へと聴いた。
そして、聴けば聴くほど夢心地になっているかのように感じられた。
それだけではない、僕も神の底知れない愛を知ったのだから、僕も徹底的な愛の人になろうと決心した。
そんな時、またたっちゃんの噂を母から聞いた。
ちょっと信じられない話だった。
なんでもたっちゃんは、ある日曜日の礼拝中に、いつものように預言をしようとした時に、急におかしなことを叫び出して、そしてその後、教会にも来ることができなくなって、いっさい家からも出ていないのだと言う。
おかしなことというのは、こんなことだったらしい。
『お前たちは、もう決して赦されない。みんな、地獄行きだ。わたしはお前たちをみんなを呪う、わたしはお前たちを一人残らず、滅ぼす、滅ぼす、滅ぼす』などとわめきちらしたということだそうだ。
あまりのことに、牧師と周りの男性信徒たちがたっちゃんを取り押さえたらしい。その後は、たっちゃんは嘘のように大人しくなったが、もう圧倒するようなあの権威も、しるしや不思議を行う力は消えていたらしい。
ぼくはたっちゃんに会いに行ってみたくなった。
なぜ、そんなことを考えたのかは皆目わからない。
けれど、僕の中から恐れが消えていたのは確かだ。
それが、愛だったのか、憐れみという名の優越感だったのかはわからない。
たっちゃんの家は、隣の駅から歩いて15分ぐらいのところにあった。
途中、辺りには畑が広がり、豚小屋があるのか、鼻を摘まざるを得ないような匂いもした。
平屋のかなり古い一軒家で、庭にはプレハブが建っていた。たっちゃんの両親は、教会関係の書籍や冊子の印刷を請け負って生計を立てているとのことだった。
玄関のチャイムを押すと、たっちゃんのお母さんらしい人が出てくる。
僕の顔を見て、怪訝な表情を一瞬浮かべる。
「たっちゃんに会いたいのですが」
「ちょっと、待ってください。本人に聞いてきます」
女性は僕の名前を聞いて姿を消した。開けた玄関の引き戸の奥には、教会関係の印刷物が所狭しと積まれていた。インクの匂いが鼻をかすめる。
しばらくすると、木の廊下をドンドンという音をさせて戻ってきた。
「会うと言っています」
僕は靴を脱いで、女性のあとをついていく。
廊下を渡り、階段を上ると、左側に木製のクリーム色のドアがあり、そこがたっちゃんの部屋だった。
女性はドアを軽くノックする。
「達也、お連れしたよ」
南京錠だろうか?鍵が外れる音がかちゃりとした。
女性が銅色のノブを回して、ドアを開けると、中は真っ暗だった。