それから、ディズニーランドに着いたのが、午前10時ぐらいだった。
結構、並んでいて入場するのに時間がかかった。
「まず、どこに行きたい?」
「わたしはシンデレラ城の前で写真が撮りたいな」
同じことを考えている人が結構いるのか、シンデレラ城の前にもちらほら人がいた。
ぼくは、ショルダーバッグから一眼レフを取り出した。
「なんだかすごいカメラね」
「父親が飽きて使わなくなったカメラだよ」
ぼくがもたついていると、はまっちがすかさず声をかけてくる。
「うえっち、もしかしてそのカメラ使うの、初めてなの?」
「うん、まあ、そうだけど」
「じゃあ、わたしが初体験の相手ね」
「やばいこと言うなよ」
ぼくはどぎまぎして、誰かに聞かれていないかと急いで辺りを見回した。
「ファーストキスの相手も私だったものね」
「…」
ぼくはこことは違うあの遊園地のゴンドラの中のシーンを思い出した。
「そのこと、考えていたでしょ?もううえっちはえっちなんだから、アハハ」
はまっちはさも面白くてたまらないように笑った。
「からかうのも、ほんとたいがいにしてくれよ」
そう言いながらも、まんざらではなかった。はまっちはぼくにとって、他の誰にも変えられないただひとりの女の子だったから。今日、別れるとしても。
「じゃあ、いくよ。はい、チーズ」
はまっちは、ぼくの大好きなひまわりのような笑顔を浮かべた、折りしも吹いてきた強い風に飛びそうになる白いベレー帽を押さえながら。
「ありがとう。今度は一緒に撮ろうよ」
「と言っても、どうしたらいいのかな?」
セルフタイマーを使うにも、三脚などというものは持ってきていない。
「あそこのおばさんに頼んでくる」
はまっちは、すかさず、近くでグループで写真をとっていた中年の女性のひとりに話しかけた。
女性は、人の良さそうな表情を浮かべてぼくの方を見たので、ぼくは軽く会釈した。
「カップルなの?若いっていいわね」
ほぼ100%言うんじゃないかと思っていたセリフを女性は言う。
ぼくたちはシンデレラ城の前に立つ。
「さあ、もっとくっついて。せっかくの写真なんだから、大胆にくっついちゃって」
ぼくは恥ずかしがったが、はまっちは距離を詰めて、ぼくの手を握る。
「それぐらいでもいいかしら。初々しくていいわね。さあ、撮りますよ。はい、チーズ」
僕は笑えるかわからなかった。
けれど、シャッターの瞬間、頬に何か触れる感じがして、びっくりした表情になった。
気がつくと、はまっちがぼくのほっぺたにキスしていた。
はまっちの方を見ると、悪戯した子猫のような顔を浮かべている。
「うん、それぐらいでなくっちゃね」
女性は驚きつつも、何だか楽しそうだった。