今、あなたは自分の身の周りのものが見えています。
あなたに語りかける私の声が聞こえるでしょう。
呼吸にともなってお腹が膨らんだり縮んだりするのが感じられるかもしれません。
じっと見るとすぐ目の前にある自分の鼻も見ることができるでしょう。
吸う息吐く息の微かな呼吸の音に耳をすましてみてください。
心臓の鼓動が胸に感じられるかもしれません。
さらに、部屋の明るさ、また暗さを目で捉えることができるでしょう。
エアコンの作動音、遠くに聞こえる鳥の声、車が通る音なども聞くことがあるかもしれません。
また着ているものが身体に触れている微妙な感覚を感じられるかもしれません。
太陽は頭上高くにまぶしく輝いています
何重にも重なり合う人の囁き声
足の裏に大地を感じながら
輪のように取り囲む人の群れを通り抜けながら
「あの方が私に触れて癒してくださった」という誰かの言葉を耳にしながら
ゆっくりゆっくり右足が前に、また左足が前に踏み出すリズムを感じながら
群れの中心にいる、すべての人の目が注がれるあの方に近づいていく
どこからか聞こえる妙なるハーブの音
心に感じる高まる期待
群衆を通り抜けると、大きな樹の下にあの方は子供と動物に囲まれて
幸せそうな子供の笑い声
微かに感じる胸の痛み
一瞬、自分がなくしたものが目の前に現れる
思わず、自分の声が漏れる
なくしてしまってもう持っていないのに背中にずっしり感じるなくしたものの影
幻を振り払い、前へ前へあのお方の元へ
乱れた呼吸の音
空気をつかもうとする手の感触
あの方は樹の下に座っていらっしゃった
もうなんの音もなく静けさがあるばかり
なぜか頬に流れる涙
半眼にしてらしたあの方の目が大きく開く
深く澄んですべてを映し出す湖のような瞳
「あなたの望みは何か」
思わずほっとため息をつく
黄色い衣を着たその人を見つめながら、途切れ途切れに話す
「何もかも犠牲にしてきました。そして、最も大切なものを失ってしまったのです。もう生きていくことができません。失ったものを取り戻したいのです。」
内側から何かが噴き出すような感じがした
その方の唇がゆっくり動く
「大切なものを失ったことのない人を見つけたら、あなたの最も大切なものを返してあげよう。」
急に、心に光が差し込むように感じた
私は礼をしてそこから立ち去ると、
大切なものをなくしたことのない人を求めて、村から村、町から町、国の至る所に旅をした。
大金持ちから貧しい人にまで、権力を持つものから何も持たない人にまで、老人から子供にまで、幸福に輝く人から悲しみにくれる人にまで尋ね歩いた。
けれど、すべての人は「いいえ」とかぶりをふった。
大切なものをなくしたことのない人は、ついにただのひとりも見つけることはできなかった。
そうして、かなりの年月の後に、再び、あの方の前に戻ってきた
あの方は、変わらず、木の下に座って、口元に静かな笑みをたたえながら、まっすぐ私をみつめた
「大切なものをなくしたことのないものはいたか。」
「いいえ、ただのひとりも。」
爽やかな風がどこからか吹いてくるのを感じた
私はあの方の眼差しを見つめ返し、言った
「私は尋ねとうございます。」
「何でも話すがよい。」
「あなたは大切なものを失ったことがありますでしょうか。」
心臓が早鐘のようになりながらようやくこの言葉を口にした。
あの方は沈黙の後、青い空を見上げながら、深くうなづいた。
そうして、口を開いた。
「あなたは失ったものを取り戻した。
あなたが本当に失ったものはあれではなく、これだったのだ。」
気がつくと、背中にずっしり感じていたなくしたものの重みが消えていた
少女の神のような姿は、人間の女性の姿に変わった
ひとーつ、心と身体に心地よい風が吹き抜けてきます。
ふたーつ、身体がだんだん軽ーくなってきます。
みっつ、大きく深呼吸して大きく深呼吸して、はっきり目を覚まします。