そんな頃だった。
僕が大学からの帰りに最寄りの駅の改札口を降りると、目の前にKさんがいた。
あのこと以来、Kさんと地元の教会で出くわすことはなくなっていた。
ミサの後の聖霊刷新の会でも姿を現さない。
それなのに、なぜ、今、ここにいるんだろう。
改札口をまばらに出ていく人の中で、彼女がいるそこだけが何だか、空間が歪んでいるような気がした。
けれど、僕は、何も考えずに、彼女に手をあげて近づいた。
「やあ」
「嘘つき」
Kさんは、異様にギラギラした視線で僕を射抜こうとしてくる。
「何?」
「嘘つき、嘘つき、嘘つき!」
止めようとしても、だんだん音が大きくなるアラームみたいに、Kさんはついには叫び声を上げた。
周りの人は、僕とKさんを好奇の目で見てくる。
「どういうこと?」
僕は咄嗟にKさんの腕を掴んだ。
「いやよ、いや!」
Kさんは、僕の腕を信じられない力で振り払った。
「嘘つき!」
そして、再度、僕の目を燃えるような眼差しで見つめてその言葉を口にすると、駆け足で改札口を通りぬけ、視界から消えていった。
僕は、呆然とそこに立ち尽くしていた。
Kさんに僕が何をしたというのか?
それとも、何もしなかったというのが問題だったのか?
もしかしたら、僕が今、Rさんと付き合っていることを知って、それでこういう態度に出ているのか?
僕は、帰ることもできなくなって、ただただ、ぐるぐると考えるだけだった。
1時間ぐらいして、僕はようやく家に辿り着いた。
解けないパズルのように、そのことが気になって止まらなかった。
もちろん、Rさんや他の人に相談する気にもならない。
神様に祈ってもみたが、こういう時に限って、何の答えもない。
僕は、ふと思い出したように、携帯を取り上げると、そこにまだKさんの自宅の電話番号が残っていることを確かめた。
しばらく迷っていたが、僕は今背負っている重荷に耐えかねて、番号を押した。
以前もかけたことがあったが、出てきたKさんの母はとても品のいい、感じの良い人だった。
確か、母親もカトリックだったはずだ。
何度か発信音が鳴って女の人が出た。
Kさんの母親に違いない。
「どなたですか?」
「もしもし、佐藤と申しますが」
「佐藤さん?」
その言葉は当たり前のものだったが、その言葉の響きは絶対零度に冷却した金属の棒に触れたような、ぞっとするほど冷たいものだった。
「Kさんをお願いします」
「娘は出せません」
「どういうことですか?」
「訳はあなたが知っているでしょう?」
「いえ、わからないので、教えてください」
「教えるつもりはありません。ただひとつ、これだけを言っておきます。たとえ、神様があなたを赦しても、私はあなたを絶対に赦しません」
そう言って、ガチャリと電話が切れた。