無意識さんとともに

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AとBとC 第十九回〜シモーヌ・ヴェイユ

神秘体験の前後、私はシモーヌ・ヴェイユという女性哲学者に魅せられていた。講談社現代新書から田辺保という人が書いた「シモーヌ・ヴェイユ」という小さな本が出ていて、いつも持ち歩いていた。何百回読んだかわからない。

 

彼女の生涯は実に奇妙であり、しかし純粋である。

フランスのユダヤ人の家系に生まれ、兄はアンドレ・ヴェイユ、後に著名な数学者になった。幼い頃からシモーヌは兄に劣等感を抱いていたようだ。また、体を動かすことが不得意であり、不器用だった。今で言う、何らかの発達障害を抱えていたのかも知れない。

しかし、知的には優れており、エコールノルマルシュペリウールに入学して、哲学者アランの弟子となった。

同級生には、サルトルボーボワールがいた。

彼らもヴェイユのことは知っていたらしい。ヴェイユは瓶底のようなメガネ、ボサボサの髪、男のような服装で、急に泣き出すことがあった。それは、外国で労働者がデモの末に亡くなったからだった。

彼女は異常な共感能力を持っていた。

そして、哲学の教師になった後、共感能力は、当時の悲惨な工場労働者に向かう。そういう労働者の苦しみを味わうために、職を捨て、過酷な条件の工場で働くということを選ぶ、ひどい偏頭痛に悩まされながら。

また、ファッシズムに対するレジスタンスに加わり、一兵士となって戦場に赴く。そこで、見たのは、人は大文字=正義のためには何でもする、子供や女性さえ笑いながら殺すことさえするという現実だった。

そこから帰ってきてから、キリストと出会うという神秘体験をするが、しかし、教会の外にいる人たちの元に留まるために、洗礼を受けることはなかった。

フランスにもナチスの手が及び、両親は身の危険を感じ、拒絶するシモーヌを無理矢理連れて、イギリスの亡命する。

しかし、シモーヌは、フランスにいる餓えた人たちが摂っている以上の食物を摂取することを拒否して、イギリスのアッシュフォードで亡くなった。

 

その小さな本には、少女時代のシモーヌの写真があった。瞳はアーモンドのような瞳で、細面で、まるでラファエロの絵に出て来る少女をさらに繊細に純粋にしたような面持ちである、後の写真とはまるで違っている。

高校生の私は、その写真に魅せられ取り憑かれていたのかも知れない。

自分も苦しみを通して彼女のいるところに行きたいと思ったのである。

『苦しむことによって、同じく苦しんでいる多くの人とつながる。それは地獄かも知れないが、人の温もりが感じられる地獄、孤独ではない地獄だ』とそんなふうに感じていたのかも知れない。